第29話 帝国の影
父王ゾンネの部屋を退出したカミーユは、取り急ぎ、待機している従者フローラや騎士クラリス、それに兵や侍女たちを、巨人の王都へ招き入れる手筈を取った。
人間の言葉がわかるという戦士ブルガに遣いを頼み、フローラたちを呼び寄せる。
いつまでも森に彼女らを待機させるわけには行かないし、黒鉄の飛竜と戦う時は、気心のしれた仲間が欲しかった。
単純に、フローラに会いたい。
そういう気持ちも、もちろんあった。
その間、カミーユは飛竜の群れの長、黒鉄の飛竜について調べようと、戦士ダノンを尋ねた。
巨人族屈指の実力者、千人戦士ダノンであれば、黒鉄の飛竜のことにも詳しいだろうと思ったのだ。
戦士の大樹に行くと。丁度、百人戦士のグルドに出会った。
「戦士グルド。ダノンを見かけませんでしたか」
グルドはカミーユに敬意を示す態度で向き直る。
「千人戦士カミーユ。ダノンなら、食堂にいる。何のようだ」
カミーユは、戦士たちの変わりように、やはり千人戦士という肩書は、巨人族の戦士たちにとって特別なものなのだなと思う。
「黒鉄の飛竜について、お話を聞こうと思うのです」
戦士グルドは、沈痛な面持ちをする。
「千人戦士カミーユ。もちろん、千人戦士ダノンにそのことを聞くのは構わない。だが、それは無駄になるかもしれない」
カミーユは、歯切れの悪い戦士グルドの言葉を不思議に思う。
「戦士グルド。何か都合が悪いことがあるのですか」
戦士グルドは頭を振った。
「まあ、考えていても仕方ない。千人戦士カミーユ。直接会って話してみると良い」
戦士グルドはそう言うと、カミーユから離れた。
取り残されたカミーユは、不思議に思いつつも、戦士の大樹の食堂へ向かった。
戦士ダノンはまた食堂にいて、食事をしていた。聞くと、午後の間食らしかった。
「ダノン。あなたにお伺いしたいことがあり、参りました」
ダノンは肉をかじりながら答える。
「何だカミーユ。何でも聞いてくれ」
ダノンの態度は、もはや旧友に出会ったかのような親しさだった。
カミーユは、自分専用の席となっている、木材の積まれた椅子に飛び乗った。
「ありがとうございます。私は、父王陛下に頼まれ、黒鉄の飛竜の毒針を取ってこようと思います。ダノン。黒鉄の飛竜について、なにかご存知ありませんでしょうか」
ダノンは、手に持っていた肉を置き考え込んだ。
「ああ、黒鉄の飛竜、黒鉄の飛竜な。まてよ。まてよ。まてよ。まてよ。まてよ」
ダノンは同じことを何度もつぶやき、頷いた。カミーユは心配する。明らかに様子がおかしかった。
「ダノン。どうしたのですか。大丈夫ですか」
ダノンはトランス状態に陥り、カミーユの声もよく聞こえていない様子だった。
「俺は黒鉄の飛竜の針を、取ってこなければならない。そして、それを、王弟アルゴに届けねばならない」
ダノンはうわ言のように呟いた。
カミーユは、何者かの魔法の影響を疑う。
カミーユは、ダノンの魔力を探る。
すると、ダノンの魔力が歪められ、何らかの示唆が与えられている。そう感じられた。
「魔法使いカーペリオン」
カミーユは、ダノンの歪められた魔力から、自身が相対したことのある魔法使いを思い出した。
かの者の示唆の魔法。それがダノンにも仕掛けられていたのだ。
ダノンはテーブルに突っ伏している。カミーユは椅子の上で座禅を組み瞑想する。そして、更にダノンの精神を自身の魔力で探る。
カミーユの研ぎ澄まされた魔力により、ダノンの精神にかかる鎖が読み取られてゆく。
どうやら、ある仕事をさせる示唆が、ダノンにかけられているようだった。
ダノンのうわ言から推測するに、それは、黒鉄の飛竜の毒針を手に入れ、王弟アルゴに届けるものだろう。
ダノンはその強靭な精神で抗い、示唆の行動を拒絶しているが、いざ話題に出ると、その箍が外れ、錯乱状態に陥ってしまうようだった。
カミーユでは、今のカミーユには、この魔法を解くことはできなかった。
師、大魔導師ゴダールであれば可能であっただろう。
しかし、師は今ここにはいない。
カミーユはここで合点がいった。父王ゾンネも、この示唆のことに気付いていたのだろう。
だから、千人戦士ダノンに黒鉄の飛竜退治を頼まず、カミーユに依頼したのだろうと。
カミーユは苦悩するダノンに語りかける。話題を変えようと思ったのだ。
「ダノン。私に弓を教えてくれませんか」
戦士ダノンはテーブルから起き上がり、カミーユを見た。飛竜退治の事を考えなければ、この示唆はダノンのことを蝕むことはないようであった。
「もちろん良いぞカミーユ。お前に弓を教えよう。だが、お前のための小さな弓がない。弓を新たに作らねばならない」
ダノンはそう言うと、戦士を側に寄せ、鍛冶師への遣いを頼んだ。
「カミーユよ。三日もあれば弓ができるだろう。お前の力に見合った。とっておきの強弓に仕上げさせる。その後で教えてやろう」
「ありがとうございます。ダノン。あなたの友情に感謝いたします」
カミーユはダノンに礼を言う。
そして、我が友に、邪悪な魔法をかけた存在。魔法使いカーペリオンへの怒りを新たにした。
その日のうちに、従者フローラと騎士クラリス。そして十人の騎兵達は、巨人族の王都へたどり着いた。
カミーユはすぐさま駆け付け、従者フローラを抱きしめた。
もう何日も会っていない。そんな気持ちだった。
フローラは驚いたが、すぐにカミーユを受け入れ、自身もカミーユの腰に手を回した。
「カミーユ様。お怪我はございませんか。エトナ姫の返還は無事に終えられたようですね」
「ええ、フローラ。怪我はありません。エトナ姫も、無事王宮へお戻りいただきました」
騎士クラリスが咳払いをした。
「ロラン男爵。我々に状況を教えていただけますか。詳しいことがわからないのです」
カミーユは従者を抱いたまま答える。
「もちろんです騎士クラリス。私は幸いにも巨人の国で個室を得ることができました。そちらへ向いお話をしましょう」
カミーユは千人戦士となったため、新たに大きな個室が与えられていたのだった。
忙しかったため、まだ中を見てはいないが、昨夜の十人戦士の部屋より狭いことはないだろう。
あそこでも。十人を超える人間でも、問題なく入ることができたのだから。
カミーユは、自身に与えられた個室へ、皆を連れてゆく。
フローラは嬉しそうに飛び跳ねながらあとに続き、クラリスは行き交う巨人たちを警戒しながらあとに続いた。
兵たちは、まるで見世物小屋に来た子どものように、目を輝かせながら、巨人達と、巨大な建物を眺めていた。
「ここのようです。どうぞ中へ」
カミーユは頭上のドアノブを回し、扉を開く。そこは一際巨大な部屋だった。
巨大な寝台は、それ一つで兵たちに砦を思い起こさせた。天井は高く、そこに灯るランプは、巨大な部屋を明るく照らしていた。床には絨毯が敷かれており、兵たちの足首まで毛足が覆った。
カミーユは、ちょっとした運動場ほどの大きさのある部屋に入り、皆を円状に並ばせ、絨毯の上に座った。
「カミーユ様。巨人の国というものは、やはり凄まじいものですな」
兵の一人がカミーユに声を掛ける。
「はい。とても素晴らしいところです。戦士たちも、精強で、気持ちの良い方ばかりです。よって、彼らとの友好関係を崩すわけには参りません」
カミーユは話を始める。
「私は、父王ゾンネ陛下から、ある願い事をされました。それは、竜、飛竜の尾の毒針を取ってくるというものです。皆さんには、それに協力していただきたいのです」
騎士クラリスはカミーユに詰め寄る。
「ロラン男爵。もう少し詳しいことを教えて下さい。それだけでは、何故そのような依頼を受けたのか、経緯がまるで分かりません」
「分かりました。騎士クラリス。お話しますね」
カミーユは事の次第を皆に説明する。
エトナ姫を背負って部屋へ送り届けたこと。
その後父王陛下に拝謁し、身をあずけることになったこと。
「お待ち下さい。ロラン男爵。王国貴族たるあなたが、同盟国とは言え、他国の王の隷下となったというのですか」
騎士クラリスは口を挟んだ。
「はい、そうです。騎士クラリス。そのことが、ベラルーン王国の未来。ひいては国王陛下のためになると判断いたしました」
「ですが。いえ、お話を続けてください」
騎士クラリスは未だ思うところがあったようだが、口をつぐんだ。
「はい。続きをお話しますね」
巨人の国の戦士として戦士たちの居所に行った時、戦士たちに襲われ、これを撃退したこと。
戦士たちを撃退したことで、十人戦士という巨人族の戦士の地位を得たこと。
翌日、巨人族の百人戦士グルドと戦い、これを倒し、百人戦士となったこと。
その後、巨人族の千人戦士ダノンと戦い、これを倒し、千人戦士となったこと。
そして、父王陛下に喚ばれ、巨人族の王子カミンの戴冠ため、飛竜の毒針を持ってくるように頼まれたこと。
更に、巨人族の千人戦士ダノンが、魔法使いカーペリオンにより、示唆の魔法を受け、心を縛られていることを知ったこと。
騎士クラリスはカーペリオンと言う名を聞き、カミーユに答える。
「カーペリオン。邪術師カーペリオンは、王国で暗躍する魔法使いです。この者は、ベラルーン王国に隣接するブログダン帝国の密偵と見られています」
カミーユは考え込む。
「なるほど、私はてっきり、リヒテンハイム公爵の配下のものだと思っておりました」
クラリスは答える。
「表向きはその様になっています。確たる証拠はありませんが、リヒテンハイム公爵の王国への忠節も、疑わしいものがあると思います。ブログダン帝国との密使が、公の元へ足繁く通っているという報告もあります」
カミーユは騎士クラリスに尋ねる。
「騎士クラリス。そのような話、近衛の間でなされているのですか」
クラリスは答える。
「いいえ、リヒテンハイム公爵の名誉を傷つけるようなことはいたしません」
カミーユは騎士クラリスを見つめ、諭す。
「そうしてください。リヒテンハイム公爵は、ベラルーン王国の大貴族です。そのような噂が独り歩きすることは好ましくありません。されど」
カミーユは言葉を続ける。
「カーペリオン。この者が帝国の手の者であろうことは分かりました。ありがとうございます。騎士クラリス」
騎士クラリスはカミーユに尋ねる。
「ロラン男爵は、ハイアン侯爵閣下と親密とお伺いしました」
カミーユは愛しいサラ・ハイアン侯爵の顔を思い浮かべながら返事をする。
「はい。光栄にも親しくさせていただいております」
「でしたら、そのお繋がり、大切にされるとよいかと思います。ロラン男爵。あなたはこの陰謀の中心に近い場所に、いらっしゃると思います」
クラリスの声は自然と密やかなものとなっていた。
「騎士クラリス。ブログダン帝国は、私達の国ベラルーン王国の侵略を企てているとお考えですか」
カミーユは平素の声で尋ねる。
「はい。そのように考えたほうが自然かと思います」
クラリスは半ば確信を持って答えた。
「わかりました。王国へ戻ったら、そのことについてハイアン侯爵と話し合いをしてみます。騎士クラリス。よくぞ知らせてくれました」
カミーユは言葉を続ける。
「先程も伝えましたが、巨人族の国の戦士ダノンへ、邪術師カーペリオンが魔法を使い、巨人族の王弟アルゴ殿下にそれを渡すよう。示唆されています。これにより、それは巨人の国とベラルーン王国との同盟を危ういものとするでしょう。これはブログダン帝国によるベラルーン王国への侵略の一手なのかもしれませんね」
カミーユは納得した。
そして、自らの親友となったダノンに邪悪な魔法をかけたカーペリオン。かのものを許すわけには行かない。カミーユは心の中でそう誓った。
カミーユは話を終えることにした。フローラやクラリス、侍女たちの疲労は濃く、兵たちも屈強ではあるが、休む必要があるためだ。
カミーユは巨人族の千人戦士である自らの巨大な部屋に、彼らを休ませることにした。人間であれば、優に五十人は眠れるような部屋であった。
カミーユは、兵たちは絨毯の上で、フローラとクラリス、そして侍女三人は、自らとともに、寝台の上で休むように伝えた。巨人族の寝台はそれだけの広さがあった。
フローラと侍女たちはカミーユに心酔しており、それに異を唱えることはなかった。騎士クラリスも、最初は拒絶の意を示したが、カミーユの再三の誘いにより、大人しく寝台の上に寝転んだ。
こうして、ブログダン帝国の影を感じつつも、カミーユと女たちは、共に寝台の上で眠りについた。
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