5 邂逅

 老人に連れてこられたのは、竜宮城にも負けないような煌びやかな場所だった。


(陸にもこんな場所があるのか)


 浦島が物珍しさにきょろきょろと周りを見ている間に、老人に手を引かれ、住処らしき場所に案内される。

 老人は、浦島を案内する途中、若い女性にひとことふたこと声をかけた。女性が、老人の背後にいる浦島に視線を向ける。

 浦島がぎこちなく頭を下げると、女もにこりと笑ってその場から下がった。


「……誰だ?」

「ああ、あの子は孫でな。わしは仕事じゃが、どうしても行きたいと言ってついてきているんだ」


 老人は「いい子だろう」とにこやかに笑った。


「わしは食後はいつも散歩をするのが日課になっておってな。孫娘は帰ってくるまで起きておいてくれるんじゃ。ま、ここで見回りなんて意味がないと思っておったが……いや、おぬしと会えたのだ。続けていてよかった」

「はあ……」


 老人の言葉に腑に落ちなさを抱えた浦島だが、老人が歩き始めてしまったので彼のあとを慌てて追った。

 ぽつぽつ会話をしながら、老人の居住区らしき空間に案内される。そこで腰かけるよう促された。


「さて、そこの椅子に座りなさい。あっと、酒といったが、おぬし飲めるのか? 若いだろう」

「よく飲んでいた」


 いくつと答えるべきか迷い、そんな曖昧なことしか言わない浦島に、老人は片眉をあげた。


「ふむ? まあええかの……ほれ」

「ありがとう」


 浦島が酒の入った器を受け取ると、老人はにかっと笑った。口からのぞく歯は何本か欠けている。

 そんな老人を見ていると、性根の明るかった家族を思い出す。


「さてそれで……おぬしの話を、聞かせてくれんかの」


 ちびちび酒に口をつけていると、固く結ばれていた浦島の口も緩やかに滑り出した。


「どうせ信じられないだろうから、話半分で聞いてくれ」

「ほう」

「俺は昔、子どもにいじめられている大きな亀を助けた。そうしたらその亀はこういったんだ、助けてくれた礼に、海の中にある竜宮城へ案内しようってな……」



 そうして浦島は、酒のつまみとしては少々長い、旅の話をした。



「――帰らなければという気持ちが強くなって、今日のこの日、かめ利に陸まで送ってもらったんだが結果はこうだ。俺の故郷はなくなって、家族もおらず、行く当てを失った……俺の体も、どこか変わってしまったかもしれないし」

「なるほどの。海と陸では時間が違うとは」


 老人は、浦島の話をどう受け止めているのか、静かにそう答えた。彼の酒は途中から進んでいないようだった。


「あんたにはつまらない話だろう」

「いやいや、興味深いことこのうえないぞ」

「はは、最初に言った通り、話半分で聞いてくれればいい……だが」


 浦島は嘆息した。村からすっかり様変わりした外の景色を見る。


「まさか故郷が、こんな知らない村になっているなんてな……」

「ふーむ。ここはそんなに新しい町じゃったかのう……。おぬしの出身の村はなんといったんだ?」


 浦島は、故郷の名前を口にした。


「ひと目でいいから、故郷をもう一度目にしたかったよ……ん、じいさん?」


 返事のなかった老人の様子をうかがう。彼の顔色が変わったのに気づき、浦島は眉をひそめた。


「どうしたんだ?」

「……そこは、村の近くに小高い山が二つ連なっておったか? 二つの山の合間には大樹がそびえ立っていて、毎年そこで祭りをするのが伝統じゃなかったか」

「そうだ! 知っているのか?!」


 浦島が思わず上ずった声を張り上げた。失われた故郷だと思っていたが、まさかこの老人も知っているとは。

 やはり老人にいだいた懐かしさは、昔出会ったことがあるからに違いない。

 さまざまな感情があふれ、歓喜する浦島に対して、目を見開いた老人は、どこかおびえているようだった。震える指先で、浦島を指さす。


「……おぬし、名前は? なんというんだ?」

「ああ、酒をごちそうになっているのに、紹介が遅れたな。俺は浦島太郎という」

「まさか!」


 老人は、さらに目をかっぴらいた。その迫力に、浦島はうろたえた。


(何かまずかったか?)


「ど、どうしたんだ」


 浦島がこわごわと尋ねる。

 老人は、叫び声に近い声で、浦島を呼んだ。


「いや、まさか……太郎にーちゃん?!」

「は?」


 浦島は、思いもしなかった呼ばれ方に体が固まった。

 老人はそんなことすら構わないと、机をまわって、座る浦島の前にしゃがみ込む。

 その瞳はわずかにうるんでいた。


「わし……いや、僕だ。浦島の末っ子、浦島三郎太だよ!」

「……は?」


 突如として、知らない老人だった男の顔が、遠い記憶の中にある幼い弟に重なる。


「さぶろうた……?」


 老人の口にした、末弟の名前を繰り返す。


「ああ!」


 にかっと口を大きく開けた笑みから、欠けた歯がのぞく。しかし、その笑顔はあの頃の三郎太の朗らかさの名残を残していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る