1.かめ吉、再上陸する
1 再会
(いやあ、人の子は変わらんのう)
人間の子どもに小枝でつつかれながら、亀のかめ吉は嘆息した。
子どもたちはみな、色とりどりの甲羅を背負っている。いつの間に人間も甲羅を背負うようになったのか、かめ吉は不思議に思った。
「大きい亀だな」
「ねー、珍しいね」
絶え間なく、小魚のようにぺちゃくちゃ喋り続けている。
子どもにとって、かめ吉ほど立派な亀は縁がなく、物珍しいのかもしれない。しかし、つつくのはどうかとかめ吉は思う。
(どうしたものか……いや、違うな)
しかし、よくよく子どもらの会話を聞いてみれば、砂浜に急に現れたかめ吉を心配しているようだ。何やら相談するように集まり、こしょこしょと言葉を交わしている。
(この浜でも、優しい子らが育つらしい)
遠い昔、この砂浜で石を投げられ、足蹴にされた記憶がよみがえる。それと比べれば、小枝で突くくらいのことは水に流してもよいだろう。
子どもたちはなにやら話がまとまったのか、話し合いから少年が一人抜けて、海とは反対の方へ駆けていく。
(……ま、いらぬ世話じゃ。わしにはわしの目的があるからの)
かめ吉は足を伸ばし、よっこらせと一歩踏み出す。
人間の子どもたちは、口々に何やらしゃべっているが、かめ吉は我関せずと砂浜を進む。
かめ吉には、この浜辺に用があった。確証はないし、どこまでいけば達成できるかわからないが、とにかく進んでみなければ話は始まらない。
(海の中であれば泳ぐなり、波に揺られて二つ足で進めるのだが……)
ゆっくりとした四足歩行で数十歩は進んだか、そのとき
「連れてきたよー!」
と、一人の子どもがぶんぶんと腕を振って走ってきた。黒い甲羅が剥がれてしまいそうなほど跳ねているのは、先ほど輪を抜けていった少年だ。
後ろから、子どもよりもずいぶん背丈のある人間が、少年を追ってくる。
かめ吉を囲んでいた少年少女たちが口々に、その人間に言いつのった。
「待ってたよ、シンカイさん」
「遅いぞ変わり者」
「お兄ちゃん寝てたから、急いで叩き起こしたんだ」
シンカイと呼ばれた人間は、若い男だった。
「ったく、しょうもない用事だったらすぐ帰るからな」
青年は眠そうに大きく口を開け、子どもたちをにらみつける。
眼光は鋭く、人相も態度も悪いが、子どもたちがおびえる素振りを一切見せないことから、彼らの間にはある程度信頼関係が築かれていることがわかる。
「ありがとう、変わり者のお兄さん」
「今度うちの魚やるな、変わり者」
「変わり者って言うな、お前ら。で? でかい亀っていうのがこれか……は? いや、まさか」
かめ吉を見た青年はたじろんだ。
「どうしたの、お兄さん」
子どもたちが心配げに声をかける。
かめ吉も、青年にどことなく覚えがあった。かめ吉には人間の知り合いなど多くはいない。
騎士感があるのは、声か? 目か? 記憶をたぐり寄せた先で、かめ吉は彼の輪郭をはっきりと思い出す。
「――浦島殿?」
「その名前、久しいな」
青年は、昔の馴染みを懐かしむように目を細め、かめ吉を見下ろした。
(まさか、浦島殿本人がいるとは!)
そう、かめ吉の前に立っているのはまぎれもない、浦島太郎だった。出会ったときのように釣り竿や腰蓑は身につけてないが、これはまさしく、かつてかめ吉を助けた浦島太郎だ。
竜宮城を訪れ、去ったころからまるで変わらない、若々しい見た目の青年は、かめ吉との再会を驚きつつも、うれしそうに笑った。
しかし、後ろをついてきていた子どもたちの悲鳴がその感慨を打ち砕く。
「亀が喋った!!」
おやしまったと、かめ吉は頭を甲羅にしまい込む。今の人間も、まだ亀とは喋らないのが普通なのだ。
頭をひっこめたまま、外の様子をうかがっていると、浦島がどうにか子どもたちを丸め込もうとしている。
「今の、俺の声な」
「うそだ!」
「いや、よく聞けよ。ウラシマドノ!」
「兄ちゃんなわけねーだろ馬鹿にすんな! ぜってー、亀がしゃべってた!!」
「亀さんって喋るんだ……もっと近くで見たいな……」
「ばかお前! はやく逃げるぞ!」
「あっ、お前ら!」
浦島の制止も聞かず、甲高い声を上げて子どもが散り散りになっていく。あわただしい足音は、次第に遠くなっていった。
「はあ……」
「また、助けられたな。今日はいじめられてはおらんだが」
「そうだな。あいつらは、あのときの悪ガキよりはよっぽどいいやつらだ」
しゃがみこんだ浦島は、かめ吉と目を合わせ言った。
「ちょっと待っててくれ、お前さんを運ぶものを持ってくるから。うちまで連れて行こう。ここじゃ、いつあの好奇心旺盛な子どもらがまた集まってくるかわからん」
「あいわかった」
かめ吉は、迎えが来るまで甲羅の中でじっとすることにした。
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