第2話 腐った畑と最初の一歩
コガネ村で一夜を明かした俺は、朝から強烈な現実に叩き起こされた。
「……めちゃくちゃ寒い」
毛布の代わりに渡されたのは、藁を縫い合わせただけの敷物。
寝返りを打つたび、背中に小石の感触がゴリゴリ当たる。
(くっ……研究室の仮眠室が恋しい……)
外に出ると、すでに村人たちが畑に出ていた。
痩せた背中。重そうな鍬。
正直、農業というより“苦行”に近い光景だった。
昨日見た畑がどうしても気になり、俺は一人で村の畑へ向かった。
「……やっぱり、ひどいな」
葉は縮れ、色は黄と黒が混じっている。
根元を軽く掘ると、湿りすぎた土が嫌な音を立てて崩れた。
(連作障害+根腐れ+病原菌の温床コンボか……)
村長が後ろから声をかけてきた。
「どうだ。やはり無理そうか?」
「正直に言います。今のままじゃ、何を植えてもまた枯れます」
村長の顔が、さらに曇った。
「……そうか」
その背中があまりに小さく見えて、俺は思わず続けていた。
「でも、土は死んでません。“瀕死”なだけです」
「……なんじゃと?」
「餌をやれば、ちゃんと生き返ります。今のこの土は、腹ペコなだけです」
村長は完全に意味が分からない、という顔をしていた。
そこへ、村人の一人が口を挟んだ。
「若いの! 昨日から何をブツブツ言っとる!
肥料ならもう何度も撒いとるわ!」
「それ、たぶん“肥料”じゃなくて“塩分”とか“灰”ですよね?」
村人がギクリとした。
「……なんで分かる」
「土が固まってる。微生物がほぼ死んでます。
これ、土が栄養過多で逆に壊れてる状態です」
その場の全員が、完全に沈黙した。
(あ、これ……完全に異世界語だ)
俺は頭を掻いた。
「簡単に言うとですね。
この土、栄養の“形”が悪すぎて、作物が食べられない状態なんです」
「……食べられない?」
「だから、“食べやすい餌”を作ってやる必要があります」
村人の一人が、半信半疑で聞いた。
「それが……昨日言ってた“たいひ”か?」
「はい。堆肥です」
俺は近くに落ちていた枯れ草を拾い上げた。
「枯れ草、家畜の糞、生ゴミ。これを混ぜて、積んで、寝かせる。
それだけで、土のごはんになります」
「……ただのゴミの山じゃないか」
「はい。最高のゴミの山です」
誰かが吹き出し、笑いが連鎖した。
「こいつ、正気か?」
「でもよ、今さら何をしたって一緒だ」
「試すだけ試してみるか」
こうして、人生初の異世界堆肥作りが始まった。
村の外れに、即席の堆肥場を作る。
枯れ草、藁、家畜の糞、生ゴミ。
積み上げるたび、とんでもない臭いが立ちこめる。
「くっさ!!!」
「うわあああ!!」
「若いの! これは本当に大丈夫なのか!?」
「微生物が喜んでる証拠です!」
「分からん!!!」
俺も正直、涙目だった。
(研究室なら換気完璧なのに……)
汗と臭いにまみれながら、俺は必死で説明を続ける。
「これが発酵して、熱を持って、分解されて、
それで初めて、土が“生き返る”んです!」
「……土が生き返る、か」
村長が、堆肥の山をじっと見つめた。
「分かった。やってみよう。
この村は、もう失うものがない」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
夕方、俺は完全に灰になっていた。
「……腰が……」
そのとき、村の子供が俺に近づいてきた。
「ねえお兄ちゃん。これで畑、元気になるの?」
「すぐには無理。でも、ちゃんと世話すれば、絶対に応えてくれる」
「ふーん……土って、生きてるんだね」
その一言が、やけに胸に残った。
夜、俺は藁の上で天井を見つめながら、小さく呟いた。
「チートはない。魔法もない。
でも……土はある」
臭いは最悪。
腰は痛い。
前途は絶望的。
それでも――
(悪くないな、異世界農業)
俺は、少しだけ笑って、目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます