03

「芋ケンピはやった。壁ドンもやった。ほかに『少女漫画あるある』ってなにがあるかな……パンを咥えたまま通学路の曲がり角で衝突事故? 故意に事故ったところでなあ……それに私、朝はご飯派だし」


 昼休み。

 ひとりぶつぶつと悩みながら、購買で得た戦利品を両手に廊下を進む。

 すると偶然、階段を昇っているアキラを見つけた。

 ちょうどいい。周りにひともいなさそうだし、戦利品のパンを食いがてら、なにか良い『少女漫画あるある』はないか聞いてみよう。


「おーい、アキラー」


 小走りで追いかけて、階段の中腹辺りで肩を叩こうとした、瞬間。


「え――」


 こちらを振り向いたアキラが段差を踏み外し、体勢を大きく崩した。

 人間ってのは不思議なもので、知性や体力といった個々の才能如何にかかわらず、ダメなときはダメだと、本能のようなものが瞬時に、的確に判断を下す。

 アキラのこれは――まさにソレだった。


「あぶ……、ッ!!」


 私はパンをすべて放り捨て、アキラ向けて咄嗟に手を伸ばす。

 果たして。

 その判断は正しかったのか。どうにかアキラを転落させることなく、支えることに成功した。

 よかった。昔から祖父母の家で農作業を手伝ってきたおかげで、私の足腰は、アキラを支えられる程度には丈夫に育っていたらしい。


「ふぅ、間に合った。大丈夫? アキラ」


「う、うん……ゴメンね、ナッちゃん。ありがとう」


「いや、急に呼んだ私が悪…………ハッ!」


 私はいま、階下を背に斜めに傾いたアキラに対し、右手をその華奢な背中、左手を細い腰に伸ばして支えている。

 この形、変則的なお姫さま抱っこと言えなくもない、のでは?


「そうか、このシチュがあったか……」


「? あの、ナッちゃん? どうかした?」


「アキラ」


「は、はい?」


「いま、ドキドキしてる?」


 男女逆になったが、これは『イケメン男子がヒロインをお姫さま抱っこする』という定番のシチュだ。いちいち配役を変えて再現するより、アキラ視点での感想をもらったほうが早いだろう。

 私の問いに、アキラはどうしてか頬をすこし桜色に染めて、しずしずとうなずいた。


「う、うん。ドキドキし――…………て、ない」


「してない!?」


「ぜ、全然、まったく、ドキドキなんてしてないよ? うん、本当に、本当なんだから」


 ぷいっ、と顔をそらすアキラ。


「あ、あれー?」


 私が読んできた少女漫画だと、大体このシチュでイケメンを意識しはじめるんだけどな。アイツら全員チョロインだったってこと?

 私は首をかしげつつ、アキラを普通に立たせたあと、落とした戦利品を回収したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る