04
リポン新人賞の締め切りが二ヶ月後。私のどうしようもない怠惰な性格を考慮すると、いまからネームに取り掛からないと間に合わない。
というわけで。
放課後の教室でひとり、私は応募原稿のネーム作成に勤しんでいた。
キャラも設定も決まっている。わずかだがキュン体験もした。あとは出力するだけ。
ちなみにアキラは、今日も一緒にダベって帰る約束をしているのだが、先週提出した進路志望について話があるとかで、いまは担任がいる職員室に呼び出されていた。しばらくしたら帰ってくるだろう。
それまでに、起承転結の起ぐらいまでは進めておきたい。
……なんて、気持ちだけは張り切っていたのだが。
昨夜、深夜アニメを見るために夜更かししたせいか。3Pも進まないあたりで私の眠気はマックスを超え、気づけば眠ってしまっていた。
どんな夢を見たのかは覚えていない。学校で居眠りをすると、大抵は周囲の雑音が邪魔をして、半分覚醒しているような曖昧な夢を見ることが多いからだ。
だから。
だからきっと、唇になにか、やわらかいものが当たったような感触も、そんな曖昧な夢が見せた幻感覚なのだと思う。
「わ。おはよう、ナッちゃん」
寝ぼけ眼を開くと、目の前にアキラの姿があった。
机の傍に立って、寝起きの私を見て楽しそうに頬を緩ませている。
「起こそうと思ったら急に目が開いてビックリ。遅れちゃってゴメンね。よく眠れた?」
「……まあ、そこそこ」
私は突っ伏していた上体を起こし、ぼーっと数秒宙空を見つめたあと、頭をかきながら何気なくアキラに訊ねた。
「ねえ、アキラ」
「ん、なに?」
「なんか、私の口に当てた?」
「え? ――ああ、これのことかな?」
そう言って、アキラはなんでもないことのように右手を出した。
なにか、つまんでいる。
「消しゴムのカス。ナッちゃんの唇についてたから、取ってあげたの。もしかしてそれで起きちゃった?」
「あー……なるほど、なるほどね」
さっき覚えた感触は、アキラの指の感触だったのか。
誤解しかけちゃった。
「謎はすべて解けたよ、アキラくん」
「え、なんの謎が解けたのかあたしは謎だらけなんだけど……まあ、スッキリしたのならなにより。えっと、それじゃあ、あたし先に下駄箱行ってるね」
「え」
言うが早いか、アキラは早々に身体を翻し、教室を出て行ってしまった。
……先に行かれちゃうのさみしい、とか行っておきながらこの仕打ちですよ。まったく。
やれやれ、と呆れながら帰り支度を進めている途中で、あ、また小汚い女になってないだろうな、と考え、髪の毛や顔にも消しゴムのカスがついていないか確認する。
「――え?」
思わず声が出る。
確認しなければよかった。
いや、いずれはわかることだから、遅いか早いかのちがいでしかないのか。
消しゴムのカスはなかった。
けれど、唇に違和感があった。だからわかった。
もう一度、指先で触れる。
潤っていた。
まるで、リップでも塗ったかのように。
私がしていないリップ。
アキラがしている、リップ。
「――――」
寝起きなのに妙に思考はクリアで、ああ、こういうのも『少女漫画あるある』だよな、なんて他人事のように考えていた。
指マエストロじゃないからわからないけれど、たぶん、さっき私が見た曖昧な夢の中に出てきた感触は、指の固さではなかった。
曖昧な中でもやわらかいとハッキリ、クッキリ断定できてしまうモノだった。
私は、アキラのリップを見たことはあるが(桜色の可愛いやつだ)、唇に塗る部分まで触ったことはない。もしかしたらそこだけ異様にやわらかいのかもしれない。それを、寝ている間に私の唇に塗ってくれてたのかもしれない。
けれど、もちろん、ソレは予想通りの感触だった可能性もあるわけで。
「……えぇー?」
起承転結で言えば、転。
その、残された夢のような曖昧な可能性が、寝ぼけた私の脳にはなによりも効いた。
やめて、その『少女漫画あるある』は私に効く 秋原タク @AkiTaku
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