02

 転生するなら悪役令嬢よりも聖女がいいな、なんて下らないことを考えながら登校すると、下駄箱がある昇降口前に人だかりができていた。


「おはよう。みんな、今日も元気だね」


 渦中の人物が挨拶すると、きゃー! と悲鳴のような黄色い声があがる。大半が下級生だが、数名ほど同級生と上級生も混ざっていた。


(朝からすごい人気だな、アキラ)


 これが皆瀬アキラの日常。

 女子校に入ればこうなることは目に見えていた。中学の頃からそこらの男子よりもカッコよかったのだから。

 それでも、アキラは私と一緒に、この女子校へ進学した。

 アキラの成績なら、もっと上の高校にも行けただろうに。


(なんでここに来たんだろ? 家も近いわけじゃないのに……)


 なんて考えながら歩いていたから、ではないだろうが。


「あ」


 ふと、アキラと目が合った。

 アキラは身長が高いから、人だかりに囲まれていても顔がよく見える。

 私の姿を見つけるなり、アキラの表情がパァ、とうれしそうに咲いた。子どもか。


 対する私はというと、ほぼ反射的にサッと視線をそらしていた。

 アキラがどうこうではない。ファンに目をつけられたくないのである。

 過去、面倒事があったのだ。

 アンタ、アキラくんのなんなの? とアキラファンに詰め寄られた厄介事が。


 そんな、ある種の処世術ないし防衛本能を発揮し、うつむきながら人だかりの横を足早に通り過ぎた。

 下駄箱で上履きに履き替え、そそくさと教室に向かう。


『少女漫画あるある』のシチュを一緒に考えたかったけど、これはまた人目を気にせずに話せるのは放課後になりそうかな?


「ナッちゃん!」


 背後からそう声をかけられたのは、二階へ続く階段を昇っている最中だった。

 アキラだ。すこし息が上がっている。走って追いかけてきたのか。

 しかし、どうしたのだろう。その表情は、すこし怒っている。


「さっき目、合ったよね? なんで無視したの?」


 踊り場まで昇り、ひとが来なさそうなのを確認して、私は応える。


「いや、無視したわけじゃないよ。ファンのみんなの邪魔しちゃ悪いなと思ってさ」


「別にファンとかじゃ……」


 ふて腐れるようにアキラは続ける。


「次からは、ちゃんと声かけてほしいな。先に行かれちゃうの、さみしいから」


「あー、うん。OKOK。次からは気をつけ――」


 言葉も途中。アキラの手が、私の右肩を掴んだ。

 そのまま私を階段踊り場の壁際にまで追いやり、空いた片手を私の顔横にドン、とつく。

 珍しく真剣な瞳と、リップのテカリがやけに艶めかしい唇が、鼻先十センチに迫る。

 こ、この体勢は――


「本当にわかってくれてる?」


「――――」


「…………ハッ! あ、いや、その、ゴメン! あたし、なにして……」


「これだッ!!」


 なぜか狼狽しはじめたアキラの両肩を、私は力強く掴み返した。


「これだよこれ、壁ドンされるヒロインの気持ち!」


「……へ?」


「いやあ、こういう気持ちだったんだ。ようやく体験できた! ありがとう、アキラ!」


「ふぎゅ――、!?」


 あふれんばかりの感謝を伝えるため、眼前のアキラに思いっきり抱きつく私。

 私のほうが二十センチ小さいので、胸とお腹の辺りにハグする形になっちゃったけど。


「これで、さらに漫画のクオリティを上げられそうだよ! マジでありがとう!」


「あ、あわ、あわわわ……」


 泡? なんで急にバスタイム気分になってるの?

 にしても細いなコイツ。もしかして私より体重軽いとか言わないだろうな。二十センチ高いのに? だとしたらギルティだぞ。


 私怨はさておき。

 私の感謝の念に感動したのか。アキラは繰り返し「あわわ」と目を丸くし、まるで電撃にでも打たれたかのように身体を硬直させていた。

 その両腕も、私の背中に触れる寸前の宙空で固定され、所在無さげにフラフラと浮遊している。

 別に普通に抱き返せばいいのに、友だちなんだから。ウブな奴め。


 その直後、朝のHRの始まりを告げるチャイムが鳴った。ファンを引きはがすスタッフのようなチャイムだと思った。私は友だちで、別にファンではないけど。

 弾けるようにアキラから離れ、鞄を持ちなおす。


「やば。アキラ、早く行かないと!」


「…………」


「なにしてんの、教室行くよ! ほら!」


 呆然と立ち尽くすアキラの手を取り、私は教室に向かって走りだす。

 アキラのこの石像化は、三時間目の休み時間まで続いた。

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