第22話 対峙、炎の獄にて
学院の廊下が、異様なほど静まり返っていた。
まるで誰もいないかのように。
いや――誰も“近づけない”だけだ。
廊下の中央に、深紅のコートが揺れた。
レヴァン。
四理獄の名にふさわしく、
ただ立っているだけで周囲の魔力がねじ曲がる。
「……やっと見つけた」
その眼差しは、標本を探す研究者のような冷たさ。
静麻はほんの数メートル先で立ち止まった。
表情は相変わらず、困り顔でも、眠たげでもあるようで――
しかし、目の奥だけがゆっくりと凍るような光を宿す。
玲花が静麻を庇うように一歩前へ出る。
「あなた……ルキフェルの幹部ね?」
レヴァンは鼻で笑った。
「階梯を少し扱える程度で、この私に話しかけるつもりか?」
圧力が空気を押し潰す。
玲花の髪が風もないのに逆立ち、頬が刃物のような感覚に切られた。
それでも引かない。
「御影に手は出させない」
「ふむ……第六階梯程度が“盾”になれると思っているのか」
レヴァンは気配もなく前へ滑るように近づき、
玲花の額に触れそうな距離まで迫った。
「力とは、差だ。
差とは、理解の届かぬ壁。
君たちは――“底の世界”の住人だ」
玲花が瞬時に距離を取り、詠唱を開始する。
声は震えていない。
霧のように細かな氷刃が無数に生まれ、
レヴァン目掛けて暴風のように降り注ぐ。
「消えなさいッ!」
レヴァンは視線すら動かさない。
「弱い攻撃だ。
せめて私を楽しませてみろ」
――
床に描かれた魔法陣が燃え上がり、
火焔の竜巻が玲花の“雪”を融かし、焼き尽くす。
キィィィン――と氷が悲鳴を上げて割れる音。
「ッ……!」
熱圧で玲花の身体が吹き飛ぶ。
静麻が反射的に腕を伸ばし、玲花を受け止めた。
「大丈夫か」
「だ、大丈……夫……ッ」
唇が震え、手のひらは焼け焦げ、
体温が奪われていくのが伝わる。
それでも、玲花は歯を食いしばって立ち上がった。
「まだよ……まだ、私は負けてない」
レヴァンの瞳が細く歪む。
「愚かな意地だ。
それも、すぐ折れる」
玲花の雷が迸る。
電光が蛇のように走り、
レヴァンへ一直線に襲いかかる。
紫の閃光が廊下を切り裂き――
だが、レヴァンの口角がわずかに上がった。
「来ると思った。
予測通りだ」
乾いた音が床に響く。
第六階梯・
厚い大地の壁が瞬時にせり上がり、
雷迅を完全に吸収し、地面に散らせた。
雷の残滓が空気に溶ける。
玲花は膝をつき、肩で息をした。
「どうして……次を読めるの……?」
レヴァンは冷たく答えた。
「弱者は強者の行動を読めないが――
強者は弱者の行動を“先に知っている”。
魔法の型、魔力の揺らぎ、視線、呼吸……
すべてが単純だ」
玲花の視界が揺れる。
強さの意味が、違いすぎる。
静麻は玲花に向けて言った。
「もうやめろ。
無駄じゃないけど――危険だ」
玲花は悔しさで唇を噛む。
「でも、あなたを――」
レヴァンが静麻に視線を向け、言い放った。
「君が“破壊の子”か」
静麻の瞳が細くなる。
廊下に、緊張が広がる。
レヴァンは嬉しそうに笑った。
「さて……どれほどの力を隠している?
少し、試させてもらおう」
静麻は一歩だけ前へ進んだ。
「……試されるのは嫌いなんだよ」
廊下に、沈黙が落ちた。
次の瞬間、
学院は“決壊”の音を聞くことになる。
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