第23話 片鱗、深淵より
玲花の身体が床に沈み、呼吸が荒く乱れている。
焦げた制服の袖。
震える指先。
魔力枯渇寸前の青い唇。
「…… 玲花、大丈夫だ」
静麻は軽く触れ、玲花を後ろへ下げた。
その動作は優しく、
しかしその背中には“揺るぎない何か”が宿っていた。
玲花は唇を噛む。
「ごめん……私じゃ……止められない……」
「気にすんな。
止める役は、俺じゃないけど……やらざるを得ない」
静麻は溜息をひとつ吐き、レヴァンの前へ歩み出た。
レヴァンはその様子を見て、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「ようやく“見せる気”になったか。
破壊の子よ」
静麻の表情は変わらない。
「試されるのは嫌いなんだよ」
「では――試す価値があるか、確かめてやろう」
レヴァンが指をひとつ鳴らした。
空気が波打つ。
床下の魔法陣が急速に展開し、
廊下中の水分が凝縮され、長槍となって無数に出現。
「貫け」
槍が空気を裂き、静麻へ殺到した。
玲花が叫ぶ。
「御影ッ――!」
静麻は動かない。
むしろ、わずかに顔を背けてぼやいた。
「……面倒だな」
指をひとつ鳴らした。
空間が淡い光で満たされ、
触れた槍が音もなく“霧のように消えていく”。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
レヴァンの眉がわずかに跳ね上がる。
「ほう……これが、屋上で私の部下を退けた力か」
「弱い攻撃を消してくれるのは助かる魔法だよ」
静麻は本気の表情ではない。
ただ疲れている人間の、それに近い。
だがレヴァンは違うものを見ていた。
その消え方は、ただの第五階梯ではあり得ない。
「……面白い。
では、これはどうだ?」
レヴァンの足元で四重の魔法陣が回転する。
灰色の雷鳴、血の色の焔、黒い土塊、疾風の刃。
複合属性の上級魔法。
学院の天井が悲鳴を上げた。
四つの属性が渦を巻き、
暴風の塊となって静麻へ崩れ落ちる。
玲花が息を呑む。
(だめ……御影――!)
静麻は初めて眉を寄せた。
「……これ、避けたら校舎が壊れるな」
仕方ない、と呟く。
そして――
空気が沈む。
いや、“世界そのもの”が沈んだように感じた。
――災禍の片鱗が漏れた。
足元では魔法陣が展開していない。
詠唱もない。
静麻はただ、息を吸っただけ。
なのに。
廊下の灯りが一瞬で消え、
空気が重金属のような重さに変わる。
玲花は震えた。
視界が暗く、黒い波紋のようなものが広がる。
(なに……これ……?
魔法……じゃない……)
レヴァンですら、一瞬だけ目を細めた。
「……これは……?」
静麻の周囲に――
“黒い霧のような魔力”が立ち上がる。
それは魔力というより、
世界の法則の“裏側”に触れたような気配。
災禍。
かつて世界を滅ぼした一族が持つ、禁忌の魔力。
静麻はそれを抑えるように指先を震わせ、
「……出るなよ。
少しでいい。少しだけでいいから」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
霧が揺れる。
複合魔法が近づく。
静麻が手を伸ばす。
その瞬間――
“触れた瞬間に消えた”。
崩れたのではない。
破壊されたのでもない。
存在がなかったことにされた。
玲花は背筋に氷を刺されたような感覚を覚えた。
レヴァンは――笑った。
「……素晴らしい。
これほどの“逸脱”を目にするとはな」
静麻は霧を必死に抑え込み、息を荒くした。
「悪いが……今日はこれ以上相手したくない」
レヴァンは一歩だけ後退し、コートを翻した。
「いや、十分だ。
今日のところは満足した」
その声は、獲物に目星をつけた猛獣のようだった。
「破壊の子よ。
君は――“もっと深く”見てみたい」
レヴァンは一瞬で空間を裂き、闇の中へ消えた。
廊下には静麻と玲花だけが残された。
玲花は静麻を見つめ、声を震わせた。
「御影……いまの、なに……?」
静麻は答えなかった。
答えられなかった。
ただ、胸の奥で“封印が揺れる音”がした。
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