第21話 壊れる境界線

警報は学院の全てを震わせていた。


『最終警戒・第一種を発令……全生徒は教室内、あるいは避難指定区画へ……』


放送の声は震え、廊下の灯りが一斉に強く点滅した。

光の明滅は、まるでこの学院そのものが恐怖しているようだった。


教室からは悲鳴が上がる。


「なにこれ……どういう状況なの……?」

「また誰か消えたのか!?」

「外に何かいるって……!」


教師たちは生徒を抑え込むのに手一杯で、

正常な授業どころか、正常な判断すら失われつつあった。


玲花は教室から飛び出し、静麻に駆け寄る。


「御影、外からの魔力反応が強すぎる! 何かが――」


「来たな。

たぶん、“屋上の連中より強い奴”が」


静麻の表情には、諦めでも覚悟でもなく、

ただ鬱陶しさのような疲労がにじんでいた。


学院の外、黒い木々の間。

結界がバリバリと音を立てて歪み始めた。


風が逆巻き、空間が裂ける。

そこを――レヴァンが歩いていた。


深紅のロングコートが風に翻り、

その瞳は冷たく、すでに学院を“価値のない箱”として見下す視線。


「……軟弱な結界だ。

こんな薄い膜で守れると思っていたのか、愚か者どもが」


高圧的な声は、まるで世界そのものを侮辱するように響く。


レヴァンは結界に触れ、指先でなぞるだけでひびを入れた。


「抵抗の意思が感じられん。

子どもの遊び場か?」


空気が、ひとつ震える。


ひびが一瞬にして蜘蛛の巣状に広がり――


――結界が割れた。


金色の破片が空へ散り、

レヴァンはその割れ目から堂々と歩き出す。


「さて――壊そうか。

学院という“偽りの安全”を」


その頃、学院内の別の場所では、

あの“観察者”が廊下の隅に立っていた。


誰も気づかない。

生徒たちが走り抜ける足音の中、

彼だけが沈黙と静止の塊のようにそこにいた。


窓の外で結界が砕ける光を見て、

観察者は小さく目を細めた。


「……あぁ、やっぱり介入するつもりなんだ」


それは喜びでも恐怖でもない。

ただ感心したような声。


「君たちがどう動くのか……楽しみだ」


彼はそれ以上動かない。

助ける気も妨害する気もない。


ただ観るだけ。


“観測者”とは、そういう存在だった。


一方、学院内に侵入したレヴァンは、

一歩踏み出すごとに魔力を溢れさせ、

廊下のガラスが震え、花瓶が砕けていく。


「弱い。

弱すぎる。

こんな程度の魔法使いを育てて、何になる?」


通りかかった教師が魔法を構える。


「学院を荒らすな――!」


レヴァンの視線がそれを一瞥した。


次の瞬間、教師の魔法陣が粉砕され、

壁へ叩きつけられ、意識を失う。


「私の前に立つなら、それ相応の力を持て」


歩きながらレヴァンは続ける。


「侵入班の報告によれば……

この学院には、興味深い生徒がいるそうだな」


深紅の目が愉悦に細められる。


「第五階梯の破壊系魔法。

……新入生が、か?」


彼は舌打ちをして笑った。


「生意気だ。

壊す前に、顔を見ておくべきだろう」


静麻は探知の理(ルミナ・サーベイ)を発動していた。

学院全体に広がる魔力の歪みが、“赤黒い一点”として浮かぶ。


(……来てる。

洒落にならないレベルの魔力だ)


玲花も気づき、顔が青ざめる。


「御影、あれ……本当に人間?」


「さぁな。

ただ、あんまり近づきたくないタイプだ」


静麻は顔をしかめた。


「俺が静かに生きたいって言ってる時に限って……

ろくでもない奴だけ増えるな」


玲花は緊張の中で小さく笑った。


「あなたが“巻き込まれ体質”なのよ」


静麻は肩をすくめた。


(……巻き込まれ体質じゃなくて、

“狙われ体質”なんだよな、たぶん)


その瞬間、校舎の奥から、

レヴァンの声が雷鳴のように響いた。


「出てこい、破壊の子よ。

学院のどこに隠れている?」


学院は、崩壊寸前だった。

ルキフェルの幹部が侵入し、

観察者は沈黙のまま学院を見下ろし、

静麻は――巻き込まれた。


いよいよ、三者の影が同時に動き始めた。

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