第4話、ダンジョンへ2

 息が焼けるように熱い。

 エドラとサリーは肩で荒い呼吸をしながら、薄暗い通路の先――目的の保管庫へとたどり着いた。


 しかし、視界に飛び込んできたのは、重厚な扉の前に立つ一人の男だった。


「……あちゃ~。ギルドの人間も来てたのね」


 黒い外套に身を包み、長い前髪の隙間から退屈そうな瞳だけが覗く。

 その手には、漆黒の刀身を持つ奇妙な剣がぶら下がっていた。


 エドラは息を整えきらぬまま、サリーは胸の鼓動を抑えつつ、即座に戦闘態勢へ移る。


「戦うの、面倒なんだよなぁ。それに俺、子供と戦う趣味ないし」


 気怠げにため息を吐く男。


 敵意は感じられない……だが、油断はできない。

 サリーは勇気を振り絞り、一歩前へ。


「こんな用心棒なんか辞めて、投降しなさい。悪いようにはしないから」


「戦いたくはない。でも、お前らのお世話になる気もないんだよな。

 俺はただ、旅の路銀が尽きちゃってさ。仕方なく日雇いで用心棒してるだけ。

 だから、お互い見なかったことにして――」


「いや、盗賊団に雇われた時点で立派な犯罪者だろ!」


 エドラの切り返しが鋭く男の言葉を断ち切った。


 男はこめかみを掻きながら、深く、深くため息を漏らした。


「……仕方ない。二人そろってお寝んねしてくれ」


 男が黒剣を抜いた瞬間――

 周囲の光が、刃に吸い込まれるように揺らめいた。


 空気が重くなる。

 サリーは震えを覚えた。これが、“強者”の闘気。


 しかし次の瞬間。


「うおおおっ!」


 エドラが一気に踏み込み、男の懐へ飛び込み、全体重のこもった拳で吹き飛ばした。


 石床を転がり、土煙が舞う。


「……痛っ!いきなり拳で殴るのかよ」


 男は土煙の中から、何事もなかったかのように立ち上がった。


 サリーは魔力をこめ、男のレベル情報を読み取る。


 浮かび上がった数字に、少女は絶句した。


―――レベル42


「うそ……!レベル……42……」


 自分たちはまだレベル10。

 四倍以上の差。


 エドラも呻く。


「……マジかよ」


 そこへサリーが叫ぶ。


「エドラ、この人……アリアさん以上の実力よ!」


 その名前を聞いた途端――

 男の身体がぴたりと止まった。


 影が、揺れた。


「……エドラ、だと? おいおい、嘘だろ……。

 なんて……最悪なタイミングだ

エドラ.......出来ればお前とは戦いたくないんだよな.....」


「何わけのわからないこと言ってんだ!大人しく投降しろ!」


 エドラが斬り込む。


 男はその攻撃を軽やかに避け、黒剣を横に払う。

 剣から伸びる“黒い斬撃”が飛び、エドラの身体を直撃した。


「ぐっ――!!」


「エドラ!」


 倒れたエドラの前にサリーが駆け寄る。


「大丈夫。多少痛むだけで死んだりはしないさ」


 男は淡々と告げる。

 優しい声だった。


「……うるせぇ。犯罪者が……手を抜くなよ」


「まあ、諸事情でお前を殺したくないからな....」


 エドラは立ち上がり、剣を構え直す。


 サリーも魔導書を開き、声を張る。


「サラマンダー!」


 炎の精霊が現れ、エドラの剣に燃える魔力をまとう。


「……はぁ。勘弁してくれよ」


 男は黒剣を逆手に構え、影が揺らめく。


---

 男の足元の影が、液体のようにうねりだした。


 影が伸びる。

 床を這い、壁を這い、まるで生き物のように形を変えていく。


 影が槍となって伸び、鞭となり振り抜かれる。


「くっ!」


 エドラは影の鞭に弾かれ、背後の壁へ叩きつけられた。


 同じ影が二撃目として上空へ伸び、サラマンダーとサリーを同時に打ち落とす。


「きゃぁっ!」


 サリーの身体が床へ落ち、魔力が乱れ、視界が揺れる。


 ――それだけではない。


 体が急に重くなる。

 頭の奥がガンガンと痛む。

 胃の底から逆流するような吐き気。


「な……に、これ……」


「マナ酔いだよ」


 男が呟く。


---

 一方その頃。


 遺跡奥の大広間。

 アリアは大斧を振り下ろす盗賊団首領・ジャベルと交戦していた。


「ははっ!ギルドの女が調子乗るなよッ!」


 振り下ろされる大斧。

 アリアは軽やかに跳び、足場を変え、斧の風圧を躱す。


 だが、その表情には僅かな焦りがあった。


(……エドラ、サリー。彼らを先に行かせて本当に大丈夫だっただろうか)


(この男が言う用心棒を相手に新人2人を任せて大丈夫だったのか?)


 新人を先に向かわせた判断が、心のどこかで引っかかっていた。


「おらぁっ!」


 ジャベルが大斧を横薙ぎに振る。


 アリアは瞬時にしゃがみ込み、逆に距離を詰める。

 そして――ジャベルの視界から消えた。


「どこだ……!?」


 次の瞬間。


「どこ見てる」


 アリアは真上から強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


「がはっ――!」


 首領ジャベルは大地に沈み込み、動かなくなった。


 アリアは息を整えながら呟く。


「……マナ酔いで用心棒に負けなければいいのだけれど」


---



 遺跡の調査前、アリアは新人二人に説明していた。


「遺跡内部は長年蓄積したマナが濃く、人体に影響を与えることがある。

 レベルの低い者ほど、自律神経が乱れやすく――

 吐き気、倦怠、頭痛……いわゆる“マナ酔い”が起きる」


 マナ自体は本来、魔力、治癒力、魂の成熟を促す恩恵をもたらす。

 しかし濃すぎる環境では、体が追いつかない者には毒になる。


---

「う……うぅっ……!」


 サリーは堪えきれず、激しい嘔吐をした。

 エドラも膝をつき、動けない。


 男は黒剣を納め、保管庫から宝を回収し背を向ける。


「悪いな。今日は見逃してくれ」


 そう言いかけた時――


 ――遺跡に満ちる高濃度マナが、二人の魂を強烈に刺激した。


 レベルが上昇する。


 サリーの魔導書が眩く輝き、ページが勝手にめくれ、新たな紋章が浮かび上がった。


「っ……!?」


 ページが自動でめくれ、新たな紋章が浮かぶ。


「……ウン……ディーネ……」


 サリーが弱々しく呟いた瞬間。

 青白い光が渦巻き、水の粒が集まって形を成す。


 ――水の精霊ウンディーネが、少女の前に現れた。


 遺跡の地下に流れる水路が激しく吹き上がり、奔流となって集まり、

 エドラとサリーを包む水のドームを形成した。


 その内側で、二人の呼吸が整い始める。


 マナ酔いが……消えていく。


---


 エドラがゆっくりと立ち上がる。


 剣には水がまとわりつき、うねり、刃を延長するように槍状へ変化した。


「行くぞ……!」


 エドラは水を纏った剣先を突き出し、一直線にヴェレトへ突撃した。


「っ……!」


 男は黒剣で受け止めようとしたが――

 水の推進と魔力の奔流がそれを上回り、男は壁へと叩きつけられる。


 影が散り、黒い魔力が霧散した。


 男が膝から崩れる。


 エドラとサリーもまた、魔力の消耗により地面へ倒れ込んだ。


---


 アリアは保管庫に駆けつけ、倒れた二人を抱き上げた。


「……新人のくせに、本当によく頑張った」


 その後、盗賊団は全員拘束された。

 ただし――ひとりだけ、姿を消していた。


「ヴェレト!あの野郎、財宝持って逃げやがったな!?」


 意識を戻したジャベルの叫びが遺跡に響く。


 その頃。


 遺跡外の崖の上。

 外套の男――ヴェレトは、背中に少量の財宝を担ぎ、遠くを眺めていた。


「影分身と入れ替わって正解だった。

 いやー、路銀が潤った潤った。これで数年は旅できそうだ」


 そして、ふと優しげな目で呟く。


「……エドラ。まだ、お前に会うわけにはいかない」


 黒い影が彼の身体を包み、闇の中へ溶けて消えていった。


---


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