第5話、出会いと競争
サリーは、かすかに紙をめくる音を聞き取り、ゆっくりと目を開いた。
そこは遺跡の暗がりではなく、柔らかな朝日が差し込む町の宿屋の一室だった。
机の前では、アリアが椅子に腰掛け、筆を走らせている。
「アリアさん……ここは……?」
気づいたアリアは筆を置き、ふっと穏やかに微笑んだ。
「気が付いたか。ここは遺跡近くの町の宿だ。運んで部屋に寝かせるの、けっこう大変だったんだぞ?」
サリーは顔を赤らめ、慌てて身を起こす。
「す、すみません!副団長にご迷惑を……!」
「気にするな。半分冗談だ」
その声にエドラもゆっくり意識を取り戻し、ぼんやりと周囲を見回した。
「アリアさん……遺跡は、どうなったの?」
アリアは淡々と説明する。
「通常のクエスト報告はギルド受付だが、遺跡やダンジョン調査は騎士団の管轄だ。
我々は安全確認まで担当して、詳細調査は騎士団が行う。これから駐屯している隊に報告してくる」
説明を聞きながら、エドラは再び意識が遠のいていった。
---
騎士団への報告を終え、ギルドへ戻ると、受付ホールには少年が立っていた。
「スノウ、クエスト終わりか」
「アリア副団長、お疲れ様です。こちらの二人は……新人ですね」
アリアは頷く。
「そうだ。サリーとエドラ。こちらはスノウ。今のところ、二人を除けばギルド最年少だ」
アリアの紹介で三人は挨拶を交わす。
サリーは明るく微笑むが、エドラが差し出した手をスノウは無言で振り払った。
「おい!俺たち仲間だろ、握手くらいしろよ!」
「うるさい!触るな!」
空気がピリついた瞬間、アリアの籠手つきの拳が二人の頭に炸裂する。
「喧嘩すんな、この馬鹿ども!」
仲裁のゲンコツのおかげで空気はやや和んだが、エドラもスノウも頭を押さえながら悔しそうに睨み合っていた。
アリアが背を向けた瞬間だけお互い睨むが、振り返ればすぐに姿勢を正す。
---
初対面は最悪だった。
しかしアリアの説教を受け、二人は悟る。
――これ以上やったら、また拳骨。
そこで二人は妙案を思いつく。
**「クエストの達成数で勝負する」**
以来一週間、エドラとスノウは町中でクエストの奪い合いを始めることとなった。
サリーはため息をつき、アリアとエリーは呆れながら見守る。
ある日、クエストボードに残る依頼書が一枚だけになったとき、二人は同時に手を伸ばす。
だが、アリアが先に依頼書を掴んだ。
「おい!今、俺が先に――!」
「俺が触ってただろ!」
騒ぐ二人に、またもアリアの両成敗ゲンコツが落ちる。
二人は同時にうずくまり、エリーは肩をすくめた。
---
数日後。
勝敗がつかずに悩むエドラをよそに、スノウがアーサーに呼び出され団長室へ入る。
部屋にはアーサーとブレストプレートを着た男――ランスロットがいた。
「ランスロット団長……」
スノウの表情が固まる。
ランスロットは柔らかく微笑む。
「スノウ。スカイホークに来て半年経ったな。ずいぶん馴染んできたようで安心した。
三日後、『ホワイトベアー』と『スカイホーク』で合同の大型魔物討伐クエストがある」
「スカイホークからは俺とアリア、そしてお前だ」
アーサーが補足する。
「ホワイトベアーからは?」
スノウが静かに尋ねる。
「ニクス、リベーナ、ゾインの三人だ」
副団長ニクスの名を聞いた瞬間、スノウの肩が強張る。
だが、やがて絞り出すように答えた。
「……参加します」
スノウが退室すると、アーサーとランスロットは苦笑し合う。
「すまんな、アーサー。スノウのことでいろいろ頼んでしまって」
「気にすんな。長い付き合いだろ。……それに、表向きは大型魔物討伐と説明しているが本音は“兄弟の関係修復”だろ?」
ランスロットは視線を外し、静かに頷く。
「ホワイトベアーに入った当初は元気だったが……兄への劣等感で自分を見失いかけていた。
だから、お前になら任せられると思ったんだが……どうだ?」
「相変わらずだな。まあ――最近いいスパイスが入ったから、そろそろ化学反応が起こるだろう」
アーサーは、ドアの外で気配だけ隠して聞き耳を立てているエドラの方へちらりと視線を送った。
---
夕刻。
全団員がホールに集められ、アーサーが合同クエストの説明を行う。
「合同クエストには俺、アリア、スノウが行く。
エドラとサリーはいつも通りのクエストだ。エリーは留守番頼む」
「えっ、俺だけ普通のクエスト!?」
抗議するエドラを見て、アーサーは「しょうがねえな」と笑い、懐から一枚の依頼書を取り出した。
『畑仕事の手伝い』
「……は?」
「この前、酒場のポーカーで負けてな。代わりにこの依頼を貰ったんだ」
「ポーカー!? ふざけんなぁぁ!」
叫ぶエドラの頭を、アーサーは無造作につかみ上げる。
「なぁエドラ。畑仕事、喜んでやるよな?」
「や、やります! やりますから離してぇ!」
ホールにはエドラの悲鳴がこだました。
---
深夜。
どうしても納得できないエドラは、こっそりホールに忍び込み合同クエストの場所を調べる。
「よし……ここだな。絶対行ってやる……!」
荷物をまとめて抜け出そうとした瞬間、寝ぼけてトイレへ向かうサリーと鉢合わせる。
「……エドラ、何してるの?」
「……しーっ!」
告げ口を恐れたエドラは、なし崩しにサリーを巻き込み、彼女を抱えて二人で合同クエストの目的地へ向かうのだった。
次の更新予定
勇者の弟子 ヤス @satouke3635
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者の弟子の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます