第3話、ダンジョンへ1




 初めてのクエスト──リザードマン討伐。


 緊張と興奮の入り混じった一日を終え、ギルドに戻った瞬間、エドラとサリーは糸が切れたようにぐったりと腰を落とした。


 「ふ、ふぅ……終わったぁ……」

 サリーが机に突っ伏し、エドラもその横へ倒れ込む。


 そんな二人に、受付カウンターの奥からエリーがぱたぱたと駆け寄った。


 「二人とも、お疲れ様! 本当によく頑張ったわ。

  部屋を用意しておいたから、ついでにアジトの中も案内してあげるね」


 疲労困憊の二人に、エリーは気遣うように微笑んで小さく手を叩く。


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 エリーはいつもより早足で、必要最低限のポイントだけを説明していく。


 「ここが受付ホール。奥が酒場と食堂ね。大浴場はこっち。

  二階が寝室で、男子部屋と女子部屋が分かれてるわ。

  廊下には軽いトラップが仕掛けてあるから、酔っ払いが突撃してこないようになってるの」


 「ト、トラップ……?」

 サリーの顔が青ざめるが、エリーはにこにこと笑った。


 「団員はちゃんと通れるようになってるから心配いらないわよー」


 会議室、団長室まで駆け足で案内を終えると、


 「さ、夕飯食べて、今日はもう寝ちゃいなさい」


 二人はエリーの言葉に従い、食堂で温かいスープとパンをかき込み、

 そのまま部屋へと倒れ込むように眠りについた。


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 翌朝。

 朝食を済ませ、エドラが受付ホールへ降りていくと──

 見知らぬ女性がエリーとサリーの前に凛と立っていた。


 腰まで伸びる青い長髪。

 背筋はまっすぐ、瞳は鋭いが気品を帯びている。


 まるで“戦場”をその身に背負ったような存在感。


 「おはようござ──」


 声をかけようとしたエドラに、その女性はすぐ気づき、こちらへ歩み寄った。


 「貴様が……団長の言っていた新人か」


 「え、えっと……はい! エドラです!」


 反射的に背筋を伸ばして大声で挨拶すると、

 青髪の女性はわずかに目を細めた。


 「アリアだ。スカイホーク副団長を任されている」


 その名を聞いた瞬間、エリーがエドラの袖を引いて小声で囁く。


 「アリアさん、もとは王都の騎士団にいた人よ。

  副指令の計らいで、うちに移籍してきたの」


 「え、すごい人じゃないか……!」


 エドラが圧倒されていると、アリアは懐から一枚の依頼書をすっと取り出した。


 「新人研修だ。丁度いいクエストがある」


---



 依頼書にはこう書かれていた。


 『突如出現した遺跡ダンジョンの調査』

 推奨レベル──20以上。


 エドラは思わず声を上げる。


 「レベル20⁉ こ、高レベルじゃないか……!」


 「ま、待ってエドラ! 私たちレベル10よ!? 無理よ!」


 しかしアリアは淡々と告げた。


 「前線は私が出る。

  お前たちは後方支援で十分だ。

  これは“副団長のクエスト同行研修”だ」


 その言葉に、エドラとサリーは緊張と期待を抱きつつ、遺跡へ向かった。


---


 遺跡へ足を踏み入れた途端、冷たい空気と濃密な魔力が肌を刺す。


 「ひっ……昨日の敵と比べ物にならない……」


 サリーが震える間もなく──


 「伏せろ!」


 アリアが槍をひと振りした。

 それだけで数体のモンスターが床へ沈む。


 「つ、強すぎる……!」


 だがアリアは落ち着き払っていた。


 「サリー、炎の精霊で後方を抑えろ。

  エドラ、お前は前で私を援護しろ」


 二人は即座に動き出す。


 エドラはアリアの死角をカバーしながら敵を斬り、

 サリーはサラマンダーの炎で後ろから突破を防ぐ。


 レベル差は大きくとも、三人は見事な連携で奥へと進んだ。


---



 やがて広いホールへ到達した。


 青白い光が漂い、空気が澄んだ神聖な空間。

 アリアが説明する。


 「ここはマナの濃度が少し高い“中間層”だ。少し休憩する」


 エドラとサリーはへたり込み、肩で息をつく。

 傷は自然と塞がり、消費した魔力がみるみる回復していく。

 しかしアリアは周囲を見回す視線を止めず──

 突然、鋭く目を細めた。


 「……気配がある。

  一人、二人……いや複数。盗賊団か」


 アリアはすぐ指示を出した。


 「予定変更だ。

  お前たちは先にある“保管庫”へ急げ。

  盗賊団が財宝を狙っている。私が足止めする」


 「で、でもアリアさんは──!」


 「行け。あれは、お前たちの相手ではない」


 その瞳に、迷いは一切なかった。


 エドラとサリーは真意を理解し、頷く。


 「行こう、サリー!」

 「うん!」


 そして二人は走り出した。


---


 一方その頃。

 盗賊団はモンスターを倒しつつ遺跡を進んでいた。


 「チッ、面倒な場所に来ちまったな……」


 そこへ静かに歩み出る“蒼の槍”。


 アリアが道を塞ぐように立っていた。


 「ここから先へは行かせない」


 盗賊たちは鼻で笑おうとしたが──

 次の瞬間には数名が床へ沈んでいた。


 「な、なに……!?」


 「正規ギルドだと!? 面倒な相手が……!」


 怯む盗賊たち。その中からただ一人、アリアの槍を受け止める男が現れる。


 「へぇ……強いじゃねぇか」


 尋常ではない魔力と殺気。

 アリアは直感した。


 こいつが、盗賊団のボス……!


 「こんなことなら、日雇いの用心棒を先に行かせるんじゃなかったな」


 その一言に、アリアの表情が変わる。


 ──もう一人、先へ行った!?


 冷たい汗が頬を伝う。


---



 エドラとサリーは息を切らしながら保管庫前へ辿り着いた。


 保管庫の前には、水音が響いている。

 地下水路が近くを流れており、涼しい空気が漂っていた。

 その静けさが、逆に不気味さを際立たせる。


 そして──保管庫の扉の前に立つ“影”。


「……あちゃ〜、ギルドの子たちも来てたのね」


 軽い声で振り返ったその人物は、

 遺跡の宝を狙う、もう一人の“侵入者”だった。


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