第5章 偽物の魔法

「……見ててくれ、レオン」


教室の片隅で、僕は彼に向かって手をかざした。


息を止め、掌の上の空気をゆっくりと圧縮する。

淡い光が生まれ、指先の上に小さな火の玉が浮かび上がった。

ほんの瞬きの間だけ灯る、儚い炎。


「どうかな。これが――僕の炎魔法だ」


レオンは目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。

そして、僕の説明を聞き終えると、静かに頷いた。


「……理屈はすごい。そんな発想、聞いたことがない」


彼は立ち上がり、軽く右手を振る。

詠唱の声が空気を震わせ、手のひらから放たれた炎が宙に渦を巻いた。

赤く、眩しく、そして熱い。

ほんの一言の呪文で、巨大な火球が浮かんでいる。


レオンは肩をすくめ、炎を霧のように散らした。


「これが、本物の炎魔法だ。……お前の方法は、新しいが――」


彼はそこで言葉を濁した。

けれど、言いたいことは痛いほど伝わってきた。


――本物の、か。


胸の奥で、鈍い音がした。



机の上に、自作の装置を置いた。

子供の遊び道具のような、粗末な筒。

後ろの棒を押し込むと、先端から空気が吹き出す仕組みだ。


僕はその先端を手で押さえつけ、空気を閉じ込めたまま棒を勢いよく押す。

その瞬間、指先がふっと温かくなる。

逆に棒を引くと、冷たい感触が走った。


「……やっぱり。魔法を使わなくても同じことができる」


それは、空気の圧縮と膨張だけで起こる現象だった。


これが――“偽物の魔法”の正体。


僕の魔法は、もしかしたら魔法とは呼べないものなのかもしれない。

少しの落胆と、同時に、心の奥で灯る微かな興奮。


もし魔法でないのなら、これはいったい何なのだろう。

レオンの炎のように華やかではない。

けれど、自分の手の中で空気が動き、熱や冷気が生まれる。

その確かな感触が、僕の胸の奥で小さく光った。


偽物の魔法――それでも構わない。

この力で、もっと大きなことができるのかもしれない。


僕はそう思いながら、手のひらを見つめた。

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