第5章 偽物の魔法
「……見ててくれ、レオン」
教室の片隅で、僕は彼に向かって手をかざした。
息を止め、掌の上の空気をゆっくりと圧縮する。
淡い光が生まれ、指先の上に小さな火の玉が浮かび上がった。
ほんの瞬きの間だけ灯る、儚い炎。
「どうかな。これが――僕の炎魔法だ」
レオンは目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。
そして、僕の説明を聞き終えると、静かに頷いた。
「……理屈はすごい。そんな発想、聞いたことがない」
彼は立ち上がり、軽く右手を振る。
詠唱の声が空気を震わせ、手のひらから放たれた炎が宙に渦を巻いた。
赤く、眩しく、そして熱い。
ほんの一言の呪文で、巨大な火球が浮かんでいる。
レオンは肩をすくめ、炎を霧のように散らした。
「これが、本物の炎魔法だ。……お前の方法は、新しいが――」
彼はそこで言葉を濁した。
けれど、言いたいことは痛いほど伝わってきた。
――本物の、か。
胸の奥で、鈍い音がした。
◇
机の上に、自作の装置を置いた。
子供の遊び道具のような、粗末な筒。
後ろの棒を押し込むと、先端から空気が吹き出す仕組みだ。
僕はその先端を手で押さえつけ、空気を閉じ込めたまま棒を勢いよく押す。
その瞬間、指先がふっと温かくなる。
逆に棒を引くと、冷たい感触が走った。
「……やっぱり。魔法を使わなくても同じことができる」
それは、空気の圧縮と膨張だけで起こる現象だった。
これが――“偽物の魔法”の正体。
僕の魔法は、もしかしたら魔法とは呼べないものなのかもしれない。
少しの落胆と、同時に、心の奥で灯る微かな興奮。
もし魔法でないのなら、これはいったい何なのだろう。
レオンの炎のように華やかではない。
けれど、自分の手の中で空気が動き、熱や冷気が生まれる。
その確かな感触が、僕の胸の奥で小さく光った。
偽物の魔法――それでも構わない。
この力で、もっと大きなことができるのかもしれない。
僕はそう思いながら、手のひらを見つめた。
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