第4章 熱と冷気
先日の実験で空気を抜くことに成功してから、僕はその応用に没頭していた。
今度は逆に、空気を押し込めたらどうなるのか――それを確かめようとしていた。
防御魔法の先生は、再び協力を申し出てくれた。
「なんだか、前回よりも明らかに危険な香りがしますが……気をつけてくださいね」
そう言い残して実験室をあとにしたが、その表情には抑えきれない興味の色が浮かんでいた。
「また何かやらかすつもりだろ」
レオンはそう言いながらも、結局、最後まで立ち会ってくれた。
僕は慎重に魔力を集中させ、容器の内部にゆっくりと空気を送り込んだ。
目には見えないが、内部の圧力が高まっていくのがわかる。
わずかな歪みとともに、容器がきしむ音を立てた。
「もう十分じゃないか?」
「いや、あと少しだけ……」
その瞬間、容器が手から滑り落ちた。
「――あっ!」
二人同時に短く声を上げる。容器は机の角の鋭い部分で跳ね、そのまま床へと落下した。
乾いた破裂音が響いた。
容器に小さな穴が空き、中の空気が勢いよく吹き出す。
実験室の紙束が舞い上がり、僕は慌てて床に転がった容器を拾い上げた。
――その瞬間、指先に鋭い冷たさが走った。
「冷たい……!」
思わず手を放しそうになるほどの冷たさだった。まるで氷を握りしめたようだ。
「確かに冷たいな。なんだ、これは」
容器を受け取ったレオンも、眉をひそめて言った。
僕はしばらく容器を見つめていた。
頭の奥で、新しい何かが形を取りはじめていた。
◇
その夜、自室に戻った僕は、窓際の机に先ほどの容器を置き、再び思考を巡らせた。
なぜ急に冷たくなったのか。
空気を押し込めていたとき、容器はむしろ少し温かかった気さえする。
僕は風魔法しか使えない。
いや、正確には空気魔法というべきだろう。
少なくとも炎や氷の魔法を扱うことはできない。
複数の系統を自在に操ることができるのは、世界でもほんの一握りの大魔法使いだけだ。
風魔法使いとしても未熟な僕が、他系統の魔法など扱えるはずがない。
◇
翌日。
再び実験室を訪れた僕は、昨日の実験を再現してみた。
やはり空気を詰めるだけなのに、まるで炎の魔力を込めているかのように容器が温かくなる。
「……やはり、炎の魔法みたいだ」
小さく呟くと、レオンが眉をひそめた。彼は炎魔法の専門家だ。
「炎魔法だって? どういうことだ」
僕は頭の中で形になりかけている考えを、そのまま言葉にした。
「炎の魔法を使うとき、何か……空気を押し潰すような感覚ってないか?」
「は? 聞いたこともないな。炎魔法を使うときは、当然、炎をイメージする。真っ赤に燃え盛る、大きな炎をな」
◇
一人になってから、僕は静かに思考を整理した。
温度の上昇と下降。
この現象と空気の関係。
炎と氷、そして風――空気。
これまで異なる属性として教えられてきた魔法が、実は同じ根を持つものなのかもしれない。
そう考えた瞬間、胸の奥が震えるような高揚を覚えた。
僕は、手のひらの上に空気の大きな塊が乗っていることをイメージした。
重さは感じられないが、確かにそこに存在するもの。
その塊を魔力でぐっと圧縮する。
次の瞬間、手のひらの上から確かな熱を感じた。
まるで小さな火の玉を生み出したようだった。
夢中になって同じ動作を繰り返し、やがて慣れてくると、今度は逆に膨張のイメージで冷気を生み出すことにも成功した。
魔法の才能がないはずの僕が、なぜこんなことをできるのか。
――僕のやっていることは、魔法のようでいて、魔法ではないのかもしれない。
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