第4章 熱と冷気

先日の実験で空気を抜くことに成功してから、僕はその応用に没頭していた。

今度は逆に、空気を押し込めたらどうなるのか――それを確かめようとしていた。


防御魔法の先生は、再び協力を申し出てくれた。

「なんだか、前回よりも明らかに危険な香りがしますが……気をつけてくださいね」

そう言い残して実験室をあとにしたが、その表情には抑えきれない興味の色が浮かんでいた。


「また何かやらかすつもりだろ」

レオンはそう言いながらも、結局、最後まで立ち会ってくれた。


僕は慎重に魔力を集中させ、容器の内部にゆっくりと空気を送り込んだ。

目には見えないが、内部の圧力が高まっていくのがわかる。

わずかな歪みとともに、容器がきしむ音を立てた。


「もう十分じゃないか?」

「いや、あと少しだけ……」


その瞬間、容器が手から滑り落ちた。

「――あっ!」

二人同時に短く声を上げる。容器は机の角の鋭い部分で跳ね、そのまま床へと落下した。


乾いた破裂音が響いた。

容器に小さな穴が空き、中の空気が勢いよく吹き出す。

実験室の紙束が舞い上がり、僕は慌てて床に転がった容器を拾い上げた。


――その瞬間、指先に鋭い冷たさが走った。


「冷たい……!」

思わず手を放しそうになるほどの冷たさだった。まるで氷を握りしめたようだ。


「確かに冷たいな。なんだ、これは」

容器を受け取ったレオンも、眉をひそめて言った。


僕はしばらく容器を見つめていた。

頭の奥で、新しい何かが形を取りはじめていた。



その夜、自室に戻った僕は、窓際の机に先ほどの容器を置き、再び思考を巡らせた。


なぜ急に冷たくなったのか。

空気を押し込めていたとき、容器はむしろ少し温かかった気さえする。


僕は風魔法しか使えない。

いや、正確には空気魔法というべきだろう。

少なくとも炎や氷の魔法を扱うことはできない。


複数の系統を自在に操ることができるのは、世界でもほんの一握りの大魔法使いだけだ。

風魔法使いとしても未熟な僕が、他系統の魔法など扱えるはずがない。



翌日。

再び実験室を訪れた僕は、昨日の実験を再現してみた。


やはり空気を詰めるだけなのに、まるで炎の魔力を込めているかのように容器が温かくなる。


「……やはり、炎の魔法みたいだ」

小さく呟くと、レオンが眉をひそめた。彼は炎魔法の専門家だ。


「炎魔法だって? どういうことだ」


僕は頭の中で形になりかけている考えを、そのまま言葉にした。

「炎の魔法を使うとき、何か……空気を押し潰すような感覚ってないか?」


「は? 聞いたこともないな。炎魔法を使うときは、当然、炎をイメージする。真っ赤に燃え盛る、大きな炎をな」



一人になってから、僕は静かに思考を整理した。


温度の上昇と下降。

この現象と空気の関係。


炎と氷、そして風――空気。


これまで異なる属性として教えられてきた魔法が、実は同じ根を持つものなのかもしれない。


そう考えた瞬間、胸の奥が震えるような高揚を覚えた。


僕は、手のひらの上に空気の大きな塊が乗っていることをイメージした。

重さは感じられないが、確かにそこに存在するもの。


その塊を魔力でぐっと圧縮する。


次の瞬間、手のひらの上から確かな熱を感じた。

まるで小さな火の玉を生み出したようだった。


夢中になって同じ動作を繰り返し、やがて慣れてくると、今度は逆に膨張のイメージで冷気を生み出すことにも成功した。


魔法の才能がないはずの僕が、なぜこんなことをできるのか。

――僕のやっていることは、魔法のようでいて、魔法ではないのかもしれない。


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