疫病の後
TYPE33
疫病の後
「ぼくは、死ねないものですから」
貧農の粗末な納屋で、そう言っていた。
ひどい疫病が世界を覆い、多くの死者が出た。
人々はそれを魔王の仕業だといい、ある地下構造物内に住むという見たこともない魔王に敵愾心を燃やし、その打倒を望むようになった。
たしかに、その地下には何かが蠢き、そこに勇んで入っていった者たちは帰ってこない。そんな、停滞した100年が過ぎた。
その男は卓抜した剣術で魔王に迫っていた。
「ついに姿を見たぞ、魔王!そんな姿をしているとは、やはり人ならざるものだな。人々の恨み、晴らさせてもらう!」
「やはり姿にこだわるのだなぁ。ぼくはもう100年この姿のままなのだけどね」
魔王は、少女を脱したばかりの女性の形をしていた。巨躯でもなく、筋肉質でもない。むしろ、病弱なのではないかと感じる儚さであって、剣士も若干の戸惑いを感じていた。
しかし、魔王の手には両の手で持たなければならないような大剣があった。訓練と実戦を重ねた屈強の剣士を今、片手で相手している。
「そもそも、そんなただの鉄で君たちが魔王と呼ぶ者を倒せると、だれが教えたんだい?」
剣士の一撃がそのガードをかわして腕に一撃したとき、魔王が言い放った。必殺の一撃は生身の腕によるガードで止められていた。
「知ってるぞ。刃が通るところがあるはずだな!」
剣士一流のブラフだった。これで気にしたり、防御したりしたところが弱点だ。剣技では自分が上回っている……。
「君たちの神話ではそうなっているのかい?そんな都合のいい話はないよ。ただの剣で出来ることは限りがある。君たちがそれを忘れているのなら、ずいぶん平和な時間をすごしたということだね」だが、この剣士は、これまでの挑戦者の中では勘がいい。今戦っている相手を見てそう思った。
「平和だと?100年前、どれだけの人が死んだと思っている。その後、生きていくのにどれだけの苦闘があったと!」
なるほど、人間の考え方というのは相変わらずだ。それを利用しているのだから、魔王と言われても仕方ないか。
一撃、二撃と魔王が剣士を打ち据える。剣士は技術でかわしながらも後ろへ後ろへと追い込まれていく。最後に、渾身の一撃がついに剣士の剣を割る。
長年の相棒を失った剣士だったが、彼はうわついた力自慢ではない。歴戦の勇士だった。たった今剣を振り切った姿勢の魔王の顔に鎧で覆われた肘を激突させた。
顔の上がった魔王の姿を見るまでもなく、次はその利き手を膝と肘で金床を叩くように挟み込む。魔王の剣が宙を舞った。
転がり込むように剣士はその剣を手にする。この瞬間、勝ち誇りもせず、ためらいもないのが彼のこれまでの生涯を象徴していた。剣士は、迷わず魔王の胸の中心をその剣で貫いた。
「数々の非道、償ってもらうぞ!」
さらに剣を押し込みながら、剣士が叫ぶ。あとは下に斬りおろすのみ。
「非道ね。なにが非道だと思ったのか、ゆっくり聞きたいところなんだけど、もう駄目だね。ただ、お詫びするよ」
苦しげでもなく、血を吐くわけでもなく、ただ魔王は静かに語った。
「これから君に起きることは、確かに酷いことだ」
剣士は、全身の力が抜けていくのを感じた。まずい、そう直感したが、もはや剣が彼を手放さなかった。
「これが出来る者が必要だった……。申し訳ないな」
剣士が崩れ落ちる。剣は淡く光り、その光は魔王の身体へと伝っていく。
「ああ、なんだ。ぼくにもできそうだ……」
「死ぬことだってさ」
剣が魔王の身体から抜け落ち、地面にあたって砕けた。
地下で先程まで魔王と呼ばれていた女性がゆっくりと目を覚ました。長い長い夢の世界から帰ってくると、足元に砕け散った剣と、見知らぬ剣士の遺体があった。
「ぼくのすべてを君に移せれば、君は助かる。君の身体はぼくが……」
それが、彼女の直前の記憶だった。
「やっぱり、私を助けてあなたは死んでしまったのね。死ねないって、言っていたのに」
彼女はすべてを失った剣の柄を優しく撫でた。
その後、魔王の噂は絶え、子供を怖がらせるだけの存在となった。
勇者の手により魔王と呼ばれた存在の魂を啜った「大聖剣」そして、時の疫病で危篤となった勇者の孫娘。100年以上前のその両者の行方を知る者も、気にする者も、誰もいない。
疫病の後 TYPE33 @TYPE33
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