他ならぬ今日

地上では、まだ雷と狂気が吼えていた。


だが――

その音に、別の“揺れ”が混じる。


最初に気づいたのは、ルリだった。


クロガネの傍らに膝をつき、止血と応急処置を続けていた、そのとき。


――ドン。


足元の石が、わずかに跳ねた。


「……?」


風ではない。

雷でもない。


地面の、もっと深いところから来る振動。


次の瞬間、低い地鳴りが腹の奥を叩いた。


ルリ「……地面が……?」


視線を落とすと、瓦礫の隙間、基礎部分に――

細い亀裂が、走っていた。



遠くで、何かが崩れる音。


それは一か所ではなかった。

連なった建物、廃墟となった下層部全体が

面で、歪み始めている。


ライゼルは、雷槍を霧散させた。


雷神の姿が、徐々に元の龍人形態へ戻る。


ライゼル「……崩落じゃないな?」


異変は、明らかだった。


この揺れは、魔力の暴走でも、単なる崩落でもない。

地下――

広範囲が、同時に限界を迎えている。


その向かいで。


フェリクスは、肩をすくめた。


フェリクス「ハァ……?なにやめてんだよ…」


一瞬、戦場を見回し。


フェリクス「この戦いには、輝きが無い。興醒めだ…」


それだけ言い残し、

興味を失った玩具のように、崩れゆく戦場に背を向けた。


追う者はいない。



次の瞬間。


――轟音。


地面が、割れた。


建物も、廃墟も、瓦礫も。

点ではなく、面ごと。


巨大な穴が、戦場の中央に穿たれる。


砂塵が舞い上がり、視界を覆う。


ルリは、とっさにクロガネを庇った。



そして。


別の場所から――

人影が、現れた。


瓦礫の向こう。

崩れ落ちた地下への裂け目とは、少し離れた地点。


研究者。

住民。

子どもたち。


生きている。


だが――

数が、合わない。


誰も、それを口にしなかった。



先頭に立っていたのは、長い赤茶髪。


片腕に、ぬいぐるみを抱えた少女を支えながら。


ラヴィアだった。


その隣には、アカリ。


煤に汚れ、息を切らしながらも、

まっすぐ前を見ている。


ライゼルとルリは、即座に身構えた。


だが。


ラヴィア「……提案があるわ」


声は、低く、冷たい。


ラヴィア「研究所は壊滅。

目的も、戦線も、ここで終わり」


視線を、巨大な穴へ投げる。


ラヴィア「このまま続ければ、無意味に人が死ぬだけ」


一拍。


ラヴィアは、アカリと少女を腕の内側に引き寄せる。


その仕草は、保護にも、拘束にも見えた。


ラヴィア「この二人を、そちらへ渡す」


ざわり、と空気が揺れる。


ラヴィア「代わりに――

研究員と生存者への追撃は、ここで打ち切り」


敵に条件を突きつける声。

感情は、見せない。


アカリは、何も言わなかった。

ただ、小さく頷く。


――アカリは、意味を知っている。

この場で、これ以上誰も失わせないための選択だと。


ライゼルは、周囲を見回す。


崩れ落ちた地形。

倒れたままのクロガネ。

広がる穴と、消えた地下。


これ以上、戦う理由は無かった。


ライゼル「……この雷神に人質交渉か…」


ラヴィア「そう取ってもいいわ」


即答だった。


ラヴィア「敵同士よ。

信用なんて、最初から無い」


だが、その腕は――

少女を強く抱き直し、アカリを背にかばったままだった。


ライゼルは、息を吐く。


ライゼル「……受ける、いいな?ルリ。」


ルリも、短く頷いた。


ルリ「いいよ、今はね。」



距離を保ったまま、双方は後退する。


ラヴィアは、最後まで背を向けなかった。


アカリと少女を、確かに無事な位置まで送り届けてから、

ようやく一歩、引く。


その視線が、一瞬だけ――

アカリを捉えた。


言葉は、無い。


だが。


戦場の塵の中で、

その眼差しだけが、はっきりと残った。



戦争は、終わっていない。


だが――

この戦いは、確かに終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る