夏 百群 3

翌日。

自室から出ると、部屋の前の廊下で指輪がにこやかに鈴蘭を待っていた。

「おはようございます、鈴蘭さま。今日はいつもに増して輝いていますね。」

相変わらず歯の浮くようなことを言う。

「怖いから部屋の前で待たないでってば!」

「鈴蘭さまの十六歳のお誕生日を誰よりも先に直接お祝いしたかったものですから。」

指輪がしれっと言う。

「これは心ばかりの品ですが、鈴蘭さまに受け取っていただけると、天にも昇る気持ちです。」

「いちいち重い…。」

指輪が差し出した包みを開けると、薄い緑色の小ビンが出てきた。蓋の上部には丸いクリスタルがついており、ビンの首の部分にはすずらんを模した布のアクセサリーがまきつけられている。ゲランのミュゲという香水だった。

「今年はまだ日本では発売されてないのによく手に入ったね。」

「海外の知り合いに手に入れてもらったんです。鈴蘭さまは、すずらんの香水を集めていらっしゃるでしょう。ぜひ、コレクションに加えていただければ、と。

それと、こちらは僕のお手製です。」

そう言って指輪が差し出したのは白くて丸い石の固まりだった。風生家の家紋とすずらんの花が彫られている。

「アロマストーンです。石膏でできていて、香水の香りを染み込ませて持ち運ぶことができるんですよ。鈴蘭さまがお勉強するときの気分転換にいいかと思い、心を込めて作りました。ストラップもつけてあるので、鞄に着けていただけると嬉しいです。」

指輪に促され、ミュゲを開封してアロマストーンに吹きかけてみる。早朝にすずらんの花畑を訪れたかのようなフレッシュで瑞々しい香りが広がる。

「わっ、いい香り。」

「気に入ってもらえて嬉しいです。鈴蘭さまにとてもお似合いの香りですね。」

指輪がにこにこと言う。

「あ、ありがとう…。」

鈴蘭が少し頬を染めてはにかみながらお礼を言うと、指輪は肩を震わせながら

「これにして本当によかった…っ」

と呟いていた。

その後、指輪からしつこく乞われ、アロマストーンを今日持っていく鞄に取り付けさせられた。

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