第6話「経験値」

「ん~……わかんない」

「なんでだよ!」


 机に積みあがった銅貨と銀貨を数えて不満げなカティア。


「だって、ゴブリン55体よ、55体! それで銀貨2枚だなんて!」

「いやいや、メリッサさんも言ってたでしょ。ゴブリン一体で銅貨5枚って……」


 ぶー。


「わかんない!」

「だーかーらー。銅貨5枚×55体で銅貨275枚! ここまではいい?」


「…………いい」


 うそつけ。

 その時点で分かってない顔やんけ!


「はぁ……。いい? 銅貨1枚でパン一個。その銅貨が100枚で銀貨1枚。あとは銀貨10枚で金貨1枚。これが基準の単位だから」

「え~っと……。うん」


 ……絶対わかってないな。

 まぁいいや。


 その銅貨1枚で奢ってもらったパンをかじりつつ、簡単に通貨のレクチャーをしたけど、農家の3女ってこんなバカなん?


「馬鹿じゃないわよ! カティアよ!」

「それはわかったから! もー、食べよ」

「うん、食べゆ」


 もぐもぐ。


「それでキャシアスはどうするの?」

「どうって……。なにが?」


 この子はいつも急だし、主語がないんだよなー。


「何って、クエストよ、ク・エ・ス・ト。──アンタ、まだ一匹も倒してないんでしょ」

「う……。それは、うん」


 そうだった。


 カティアの異様な狩りの成果に驚いていたけど、それよりもキャシアス自身のほうが問題だった。

 このまま放置していては借金がかさんでいくだけ──そして、ギルドも慈善事業ではないので、借金の増えた冒険者には容赦がないらしい。具体的には知らないけど、良くて「痛くない労働」で、最悪は「痛い労働」が待っているとかなんとか……。


 ……なんだよ! 痛い労働って!

 怖いわ。


「はぁ、どうしよ……」

「うふふふ。困ってるわねー」


 むっ!

 自分はクリアできたからって。


 早々に銀貨を返して借金を帳消しにしたカティアは余裕しゃくしゃくだ。

 一方でキャシアスは借金銀貨一枚……うごごごご。


「だーかーら、手伝ったげる」


 ニッ。


「へ?」

「へ? じゃないわよ。昨日の御礼はさすがにパン一個じゃ割に合わないでしょ、だから、私が狩りを手伝うって言ってんの!」


 ええ?

 マジで?


「でも危ないよ?」

「だ~いじょうぶよ、昨日なんて一人で55体も狩ったのよ」

「それはそうだけど──うーん……」


 カティアの全身を一度流しみる。


 赤い髪をツインテールにして、胸には古い皮の胸甲、そして、腰には同じく中古のショートソード。


「な、なによ……」

「いや。ちゃんとした装備してるなーって」

「あー。これ? 親父のお古よ。娼館に売り飛ばされそうになったから、パクって逃げてきちゃった」


 ──おっふ。

 思いがけず重い話。……そりゃ、冒険者になるわ。


「え? でも、需要あるの?」

 娼館って言っても、

 親父さんの胸当てがフィットする身体で──あいだぁぁ!

「な、なんで殴るの?!」

「変なこと言うからでしょ! ったく、女衒ぜげんは娘を若いうちから仕込むんですって」

 し、仕込しこ──。

「い、いい、いい! そういうの聞きたくない!」

「自分で聞いてきたくせに──で、アタシの装備がどうしたの?」

「いや、君の装備が上等だから狩りが出来ただろうけど、僕はほら──これだし」


 上物の衣服、スリッパ、そして丸腰。


「……アンタばか?」

「な!」


 馬鹿にバカって言われた!!


「だれが馬鹿よ! それに馬鹿はアンタでしょ!──なんでその服売らないのよ!」


 へ?

 服──。


「……あ」


 た、たしかに。


「ほーら、バカじゃない。そんな豪華な服着て、物乞いするのなんて100年早いわよ!」


 そうだった。

 これ結構高級な服じゃん。


 腐っても貴族家の後継者が来ていた服だ。

 安物なはずがない……!


 ぐあー! なんで気づかなかったかなー。


「ま、気づいたならいいじゃん。それ売って、お金作って装備を整えましょ! それから──」

「それから?」


「決まってるでしょ。レッツ・パーティよ!」


 いっくわよー!


 宣言すると、キャシアスの都合も聞かずにズルズルと引っ張っていくのであった。

 


   そして──小一時間後。



「……くっそー。あの古着屋、足元あしもと見やがってー」

「しょうがないでしょ。アンタがボロボロにしたんだから」


 うぐ。

 それを言われると弱い。


 結局、服は銀貨3枚で引き取ってもらったのだが、汚れがなければもっと高値になったらしい。だが昨日の一件でボロボロになったので、この値段というわけだ。


「それで買えたのがこれかー」

「贅沢言わない!」


 だってなー。


 布の服の上下、

 木の靴、

 青銅のナイフ、

 皮のチュニック、(腰の部分で締める服のこと)


 合計銅貨250枚なり~。(残金銅貨50枚)


「……普通の村人じゃん」

「家出したボンボンよりマシよ」


 家出ちゃうわーい!

 追放じゃーい!


「それより行くわよ、ほら」

「え、えぇー本当に行くのぉ?」


 そこは昨日死にかけたあの洞窟だ。


 中は複雑に入り組んでおり、ところどころ明り取りの空気穴があるほかはゴブリンの巣窟になっているらしい。

 なんでも元は砕石場だったとかなんとか──。


「ぼ、僕まじで雑魚だよ?」

「知ってる」


 ぐいぐい。


「引っ張られても、ほら──ゴブリン相手じゃ何もできないよ」

「知ってるから」


 ぐいぐい。


「あと、エンチャントしかできないよ!」

「知ってるって言ってんでしょ!」


 あーもう、うじうじうるさいわね!


「ほらぁ、アタシが先頭でいくから!」

「じゃ、じゃー戦闘もお願いね!」


 僕死んじゃう!


「もー。だらしないわねぇ、おっと来たわねー」

 

 ぺろりと唇をなめたカティアは好戦的な笑みを浮かべると、洞窟の角から姿を現したゴブリンめがけて一気に肉薄する。


『げぎゃ!?』

「おそーい!」


 ヒュ

  ボゥ!


 真っ赤な炎をひくショートソードの一撃が、ゴブリンの腹に突き刺さる。

 その瞬間、すさまじい悲鳴を上げたゴブリンが一瞬で燃え上がってしまった。


「いっちょあがり~」


 最後に生焼けになったゴブリンの片耳をブチッとちぎると、キャシアスに投げ寄越す。


「うわ!」

「ちょっと、落とさないでよ。それが討伐証明なんだから!」


 えぇー。

 聞いてはいたけど、グロイ……。


「なによ。こんなでビビってちゃだめよー。猪を捌くより楽でしょ」

 いや、捌いたことねーよ。

 食べる専門だったっつーの。

「さすがは農家の3女……」

「褒めてないわよね、それ?」


 いや、褒めてます。

 わりとマジで。


「……まったく、だらしない男ねー。ほら行くわよ」



   ポィン♪



  『経験値を1ポイント獲得しました』



「あれ? これ──」

「どうしたの?」


 いや、いま──。


「経験値がどうのって」

「あー。それ? なんか魔物を倒したら出るみたいね。私も昨日はじめて知ったわー」


 へー。


「……ん? でも僕倒してないよ?」

「さぁ? 仲間だからじゃない?」


 えー。

 そんな適当な。


「まぁ、あとでメリッサさんに聞いて見ようかな」

「そうしないさい。あ、次もみ~っけ!」


 うおりゃぁぁあ!


 相変わらうず好戦的な笑みを浮かべてバーサーカーのように暴れ回るカティアは午前中だけで30体のゴブリンを倒したのであった。

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