第5話「無限のエンチャンター」
「──ぶわっくしょ~い!」
うぅ、寒い。
結局ゴブリンは狩れなかったし、あの子は戻ってこないしで、
仕方なく「遭難の恐れ」を報告したあと、そのままギルドの軒先で一晩を越したキャシアスであったが……。
あまりの寒さに、危うく凍死しかけるところであった。
上等な衣服を着ていなかったらどうなっていたことか。
「……あの子も全然戻ってこないし──うー、ぶるぶる」
はっくしょん!
──今日ほど、朝日が昇った瞬間、神に感謝した日はない。
あぁ、太陽ってあったかい──。
「それに眠ろうとしても、なんかうるっさいんだよなー」
おかげで寝不足。
昨日は一晩中ステータス画面がチカチカ光っていたのだ。
なんだか知らないけど、経験値というのがたくさん入ってきたし──。
『経験値を5ポイント獲得』
『経験値を6ポイント獲得』
まただよ。
「もー、なんなのこれ?」
しまいには、
昨晩遅くに、『カティアはレベルアップした!』
「キャシアスは支援ボーナスとして経験値20ポイント獲得した」
──とかなんとか出てきて、うるッさいのなんの。
「ふわぁぁ。……カティアって誰だよ」
「あら? アナタは昨日の……」
ふわっ?!
「……あ、メリッサさん」
うつらうつらとしてたら、
出勤してきたであろうメリッサさんにばったり出くわすキャシアス。
昨日、あれほど無理だと言われたのに、一人でクエストを受けただけにバツが悪い。
「あ、あのー」
「はい? どうしました?」
どうしよう。
言ったほうがいいのかな? あのゴブリン退治の件は無理でしたって。
「えっと、あのクエストのことなんですけど……」
そこまで言ったとき、ハッと思い出す。
そういえばクエストの説明をされたとき、失敗時は違約金をとられるんじゃなかったっけ? 昔、あまりにも無責任な冒険者が多すぎて違約金をとるようになったとかなんとか──……げ、それマズイじゃん!
キャシアスさん、無一文ですよ?!
「ゴブリンの件がなにか?」
「あ、いえ、その────あはは、まだ期限はあるかなー、な~んて」
あはははー。
「期限ですか? あれなら一週間くらいはありますし、常時クエストですから申告していただければ延長もしますよ?」
「え? そうなの?!……あ、そうなんですか?」
おっと口調口調。
「くすっ。普通に喋っていただいて結構ですよ。私たちは職員として丁寧な態度を心がけていますが──冒険者のみなさんには、その……うふふ、期待していませんし」
「あはは、確かに──」
今日も覗き込んだギルド内はいつもの有様だ。
一晩中飲んだくれている冒険者に毎日喧嘩しているマッチョたちと、いつもの光景。……ちょっと慣れちゃった。
「それじゃあ、今日もクエストを?」
「あ、はい。その前に他のクエストも確認します」
「そうですか? 朝はたくさんクエストがあるので、よく吟味してくださいね」
「はい!」
そうして、メリッサさんと別れた後は、そのたくさんあるクエストとやらを確認にいったのだが、
まーすごい。
どうみても朝に弱そうな冒険者の皆さんが
あの中に入ってクエストをゲットする度胸は、キャシアスにはまだない。
「はぁ……。もうちょっと落ちついてからにしよ」
そう思って少し離れたベンチに座ってその様子をぼんやり眺める。
ぐー。
「お腹減ったな──……ん?」
あれ?
あの子は確か──。
バーン!
すごい勢いでギルドに入ってきたのは、昨日出会ったあの赤毛の少女だ。
ボロボロの恰好のままで、少しキョロキョロとギルド内を見渡したかと思うと、キャシアスと目が合った。
つかつかつかつかつか!
「……え? 僕?」
え? え?
念のため周囲を見渡すも、ここにはキャシアスしかいない。
そして、なおも近づく少女。
ずんずんずんずんずん!
「え? え? え?」
え? 何なに?
ちょっと、こわいよ!
そして、
……くさっ!
近づかれた瞬間、プ~ンと凄い臭気が鼻を衝く。
周囲もそれに気づいてか、スザッ! とさりげなく距離をとる始末──。
「ちょっとアンタ! なに、勝手帰ってるのよ! 探したじゃない!!」
え、えぇー。
開口一番それぇ?
「……け、結構待ったよ?」
うん、
3時間くらいは待ったよ?
「嘘よ! さっき外に出たらいなかったじゃない!」
「いや、
てっきり遭難して、
ゴブリンの巣穴で、あれやこれやになってるかと思った。
「無事ぃ?? ふん、何言ってんのよ、あれから一晩中狩りしてたわ!」
「へ?!」
ひ、一晩中?!
……いやいや、一晩中って。
「君、バカなの?!」
どーりで臭いわけだよ!
「だれが馬鹿よ! 馬鹿じゃなくて、カティアよ!!」
いや、バカでしょ。
それに名前も初めて聞いたし──。
「そんなことより。いやーこれ凄いわね!」
そういってシュランと剣を抜いた少女……じゃなくてカティア。
ぼーぼーぼー。
……わーお、まだ燃えてる。
「ほんと、ゴブリン倒すのに一時間かけてたのがバカみたい」
うん。
それは馬鹿だと思う。一時間かけるくらいなら他の方法考えようよ──……って、そうじゃなくて!
「……え?! い、いやいや! な、なんで?」
なんでまだ燃えてんの?
「なにが?」
「いや、なにがじゃなくて──」
え? こんなのありえないよ。
だって、普通は魔力が切れたらエンチャントの効果は…………。
…………あれ?
魔力が、切れたら?
「どーしたの?」
「や。……僕、魔力無限だった」
「ほへ?」
うん。そうだった。
魔力が無限なんだから切れるわけないじゃん。僕が任意で切らない限りつけっぱなしなんだった。
「んん? なんだか知らないけど、これいいわね。剣撃にファイヤーボールの威力を上乗せしてる感じじゃない? 下級の魔法使いなら2、3回で魔力切れになるってのに、なんか私が魔法剣士になった感じ!」
ふふん! と、ない胸を張ってブンッ! とショートソードを一振りする少女。
──ボゥ!!
魔法剣士か……。
確かにそんな感じだ。そして、彼女の感覚からしてファイヤーボール(下級の火魔法)くらいの威力があるという。
たしかに、その威力なら、ゴブリン程度の雑魚なら一撃だろう。
「おかげでゴブリン狩り放題! これで私もEランクよ!」
どうやら別口で、すでに換金と討伐証明の納品を終えたのか、
にひっ! と、歯を見せつつ真新しい青銅の冒険者認識票をあわせて笑うカティアはちょっと眩しかった。
「そっか。役に立ったなら幸いだよ」
「なによぉ、もっと胸を張りなさいよー」
いやー。
そう言われてもなぁ。
「ほら、
「ハズレぇ? どこが?」
どこがって……。
………………どこなんだろ。
「ま、いいわ。今日は御礼に奢ったげる。その様子じゃ無一文なんでしょ」
「う……それは、うん。ありがとう」
そうして、ゴブリン55体を買ったカティアは銀貨2枚と銅貨75枚を手にして満足気なのであった。
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