『桜坂に残る声』は、春の光と花びらの動きに「声」を溶かし込み、読者の耳にだけ残る約束を鳴らし続ける作品である。教師という立場が効いていて、生徒の笑い声や何気ない一言が、過去の恋の記憶を不意に引きずり出す。その引きずり出され方が派手ではなく、夕暮れの坂道みたいに静かで、だから余計に胸に居座る。繰り返される「来年も、ここで桜を見よう」が、希望の言葉でもあり、同時に未完の痛みの印鑑でもあるのがうまい。
具体的に刺さったのは第2話。廊下で生徒に「来年も同じクラスで会えたらいいですね」と言われ、笑って受け止めながらも胸が締め付けられる場面がある。恋人との約束が果たされなかった過去が、今目の前の「未来の約束」を別の重さに変えてしまう瞬間で、教師の優しさがそのまま傷の形にもなっている。桜坂は過去と現在を繋ぐ場所というより、記憶の残響を毎年きちんと響かせる装置として働いていて、読み終わったあとも風の音に似た余韻が残る。