第2話 危険なモンスターと出会い
そこには、背丈が4、5メートルはある人型のモンスターがいた。その手には、大きな鉈のようなものが握られている。
「っ…!?」
思わず声を上げそうになったけど、なんとか口を手で押さえられた。
(なにあれ…なにあれ!?)
なるべく音を立てないようにしゃがみながら、ぐるぐるとまとまらない思考をなんとかまとめようとするけど、うるさい心臓の音がそれを邪魔してくる。
「ぅあっ…はっ…」
手で押さえている口から、声が漏れ出てしまう。
怖い。体が震える。
(落ち着かないと…落ち着かないと…!)
震える体をなんとか抑えながら、木の幹に背を向けるようにして隠れる。
後ろからは、明らかに大きく重たい足音が聞こえる。
自分の後ろ、わずか数メートル先から感じる死の気配に、私は今までに感じたことのないほどの恐怖を感じていた。
(お願い…気づかないで…気づかないで…っ!)
目から涙を溢れさせながら、必死に祈る。
しかし、その気配は、徐々に私のいる方に近づいてきていた。
(来ないで…お願いします…来ないで…)
心の中で必死にその存在に懇願する。
しかし。
私の祈りも虚しく、後ろの木がバキバキッ、と音を立てて根本から折れる。
「ぁあ…」
喉の奥で弱々しい悲鳴を漏らしながら後ろを振り返ると、そこには”それ”がいた。
どこかで聞いたことがある。醜悪な顔に、脂ぎった肥大な体。腰に汚らしいボロ布を巻いた、残忍で凶悪な怪物。 ――その魔物は、オークと呼ばれている。
「グルアァァァァァ!」
「いやっ…いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
地の底から響くような唸り声を上げるオークを前に、私は尻餅をつき、そのまま硬直した。背後でかごが倒れ、中に入っていたミルテラ草が散らばる音がする。逃げなければならない。そう頭では分かっているのに、震える足は動こうとしなかった。
「ぁ…やめ…」
オークが手に持った鉈をゆっくりと振り上げる。その光景を、どこか冷静になった私は見ていた。
ああ、私死ぬんだな。
ベルおばさんともっと一緒にいたかったな。
そんなことを考えながら、振り上げられた鉈を見ていた時だった。
いつのまにか天辺に登っていた太陽が一際輝き、その光が森一帯を明るく照らす。
その光景は、どこか非現実味を帯びていて、それでいて美しかった。
そして次の瞬間、私の視界は光に包まれた。
「…っなに!?」
咄嗟に目を閉じ、腕で目をかばう。
そして光が収まった後、ゆっくりと目を開けていくと、あまりの眩しさ失われていた視力が、少しずつ回復していく。
そして、徐々に鮮明になっていく視界の真ん中に、その影はいた。
夢で見た光景と今見ている光景が重なり、思わず声が出る。
「かみ、さま?」
そこにいたのは、私と同じくらいの歳だろうか、綺麗な少女だった。
白い髪を高く結い上げた長いポニーテールが光を帯びて静かに揺れている。
白磁のような肌は、触れれば壊れてしまいそうなほど透き通っていて。
澄んだ湖面を閉じ込めたように静かな深緑の瞳は、底知れない光を宿していた。
霧がかかった森の中で、彼女の姿だけが一際輝いていた。
「まさか降りた先に人がいるなんて――。君、大丈夫?」
そんなことを言って、目の前の少女は手を伸ばしてくる。
白と淡い金を基調とした軽やかな装束が、薄暗い森の中で神々しく光を反射する。
確信した。間違いない、この人は神様だ。
「あ…神様!うしろっ!」
神様の美しさに目を奪われながらも、自分が置かれていた状況を思い出し声を張り上げる。
「後ろ?これは…」
神様が振り返る。そこには、目を手で押さえながらも鉈を振り上げるオークがいた。
「神様っ!!」
オークが鉈を振り下げる。しかし、
「おっと!」
素っ頓狂な声をあげながらも、神様は軽々と避けてみせた。
「神様!大丈夫ですか!?」
「大丈夫、これくらい楽勝楽勝!」
まさか避けられると思わなかったのだろう、怒り狂ったオークが目を抑えるのをやめ両手で鉈を握りしめ神様に向かって振り回す。
「グアァァァァァァァァァァ!!!!」
「ふっ、ちょっと、危ないってば!」
そんなことを言いながら、神様はオークの攻撃を軽々と避けていく。
「す、すごい…!」
神様の身のこなしに目を奪われる。
そして、神様が大きく後ろに飛ぶと、
「君!何か武器になりそうなものはある?」
「武器ですか?!えっと…あっ!」
神様の言葉に自分の持ち物を確認してみると、ミルテラ草を取る時に使っていた小さなナイフがあった。
「えっと、小さいナイフが…でもこれじゃ…」
「大丈夫、問題ないよ!それ、こっちに投げてくれる?」
「は、はい!」
言われるがままに、ナイフを神様に投げる。
一瞬、当たったらどうしようなんて思ったけど、あの神様なら大丈夫だと思えた。
「よいしょっ!と、ありがとう!」
「い、いえ!」
「それじゃ、いくよ。」
そして神様がナイフを右手に持ち左手をその上にかざすと、この場を包む空気が変わっていくのを肌で感じた。
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