神の理を越えて

島アキ

第1章 神様との出会い

第1話 いつも通りの朝、いつも通りじゃない森

 夢を見た。

 星一つない夜空に突如としてたくさんの光が現れ、それらは流れ星のように軌道上に線を残しながら地上に降り注いでいく。その光景は、息をのむほど美しかった。

 私が大好きな「降臨記」の、神様がこの地上に降臨する瞬間を体験しているようなその夢に、胸を躍らせていると…

 一つの光が、私めがけて降ってきた。


「え!?わ、わあああああ!」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 いつものベッドの上で目を覚ます。

 窓の外からは、鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「…夢か。」


 とてもいい夢だった。神様が降臨するときの光。それは、私が一生に一度は見てみたいと思っている、夢の一つだ。


「でもまさか、私に降ってくるなんて…」


 夢から覚める直前、空から私めがけて降ってきた一つの光。ほかのものよりも一層輝いて見えたそれが、まさかこっちに降ってくるとは。


「でも、いい夢だったな~」


 夢で見た光景を思い出しながら、感傷に浸っていると、コンコンコン、と部屋のドアがノックされる。


「アトラー?もう起きてるー?朝よー!」


「あ、うん!もうおきてるよ!おばさん!」


 私がそう言うと、ベルおばさんがドアを開ける。

 ベルおばさんは幼いころに両親を亡くした私を引き取って育ててくれた、たった一人の家族だ。


「おはよう、アトラ。朝ごはんできてるわよ。」


「うん、わかった!すぐいくね!」


 その後、支度をして階段を降り食卓に向かう。


「うわ~おいしそう!ありがとうおばさん!いただきます!」


「ふふっ、アトラったら。あんまり急ぐとのどに詰まらせちゃうわよ。」


「だっておいしいんだもん!それよりも聞いてよ!今日すっごい夢見たんだ~!」


 おばさんは私が見た夢の話を微笑みながら聞いてくれる。


「あら、素敵な夢ね。アトラは昔から、神様のお話が大好きだものね。」


「うん!でも、一つだけ変なことがあってね、一番きれいな光が現れたと思ったら、こっちに降ってきたの!」


「あら、それは大変ね。もしかしたら、近いうちに神様がアトラの元に現れるのかもね。」


「神様が…私の元に!信者とか、眷属とかになれるかな?」


 地上の神様には信者と眷属がいて、信者は神を信仰し、その神の権能のほんの一部を扱うことができるという。一方眷属は、神に選ばれた人間しかなることができず、その権能の二、三割程度(信仰度合いによって変わるらしい)を扱うことができるらしい。眷属はまさに、神に最も近い人間だ。


「そうね…でも、眷属になりたいなら、エリオンに向かうことになるかもね。」


 神々が集う都市「エリオン」。地上にいる神々の大半がそこにいて、もし仮に新しく神様が降臨しても、すぐにそこに行ってしまうだろう。まあ、ここ五百年の間、神様が降臨することは一度も無かったらしいけど。


「エリオンか~」


 エリオンは神々が集う世界の中心といえる都市。それに対して私の村は、「果ての村」と呼ばれるほどエリオンから遠く、その位置は大陸の最西端に位置する。


「たしか昔、この村から出ていったもいるんだよね?」


「そうね…確か、一人の女の子だったかしら。あんまり喋らない子だったんだけど、たまたまバルンデルから村に来ていた傭兵に剣術を教えてもらったらしくてね。剣の奥深さに魅了されたって言って、バルンデルに帰っていく傭兵について行っちゃったの。」


「その子はどうなったの?」


「さあね…結局、帰ってくることは無かったし、いろいろあって親もいない子だったから、誰も行方は知らないの。」


「そうなんだ…やっぱり、この村からエリオンに行くなんて、考えられないなー。」


「そうね。そもそも、この村の人は誰もあのデスティア荒野を越えようなんて考えないわ。この村にモンスターと戦える人なんて木こりのバンおじさんくらいだし、あの人も歳だから…」


 それもそうだ。この村からエリオンに向かうには、まずデスティア荒野という危険なモンスターが巣食う巨大な荒野を超えていく必要がある。この村が果ての村と呼ばれる一つの要因だろう。この荒野があるせいで、この村は昔から外部の物が流通しにくく、自給自足のような日々を送ってきた。


「デスティア…」 


 いつか、荒野を超えられるくらい強くなれるだろうか。いや、無理だろう。戦いを教えてくれる人はいないし、そもそもモンスターの前に立つなんて怖くてできない。結局私は、この村で一生を過ごすことになるんだろうな。


「そうだアトラ、ミルテラ草が少なくなってきたから、朝ごはん食べ終わったら森でとってきてくれる?」


「うん、わかった!」


 おばさんの声に、ネガティブになった頭を切り替えて返事をする。

 ミルテラ草は料理にも傷薬にも使える村の万能草。この村の人は家の中に常に一定数ストックしていて、私の家もそうだ。


「でも気を付けてね。最近、ミルテラ草を取りに森に行ったときに大きなモンスターを見たって人がいるの。見間違いかもしれないけど、用心するに越したことはないわ。」


「わかった、気を付けるね!」


 大きなモンスター…少し怖いけど、今まで森でモンスターなんて見たことないし、きっと大丈夫だよね…?


「ごちそうさま。いってくるね!」


「ええ、いってらっしゃい、アトラ。怪我には気を付けて、お昼には帰ってくるのよ?」


「もう、心配しすぎ!私もう17だよ?」


「ふふっ、親はいつになっても子供が心配なものよ?」


「おばさん…ありがと!」


 おばさんの見送りを受けながら外に出ると、青空が広がっていた。


「わ~!いい天気!」


 雲一つない空には、太陽だけが浮かんでいた。森までの道を歩いていると、村のみんなが挨拶をしてくれる。


「おぉ、おはようアトラ、今日も元気だね。」

「森に行くのかい?気を付けてねぇ。」


「ハルドおじさん、ミーナおばさん、おはよう!」


 ハルドおじさんとミーナおばさんは近くに住む老夫婦で、いつも野菜をくれたりして、良くしてもらっている。


「あ、アトラねーちゃん!」

「アトラおねーちゃん!一緒にあそぼ!」


「リオン、ミリア、ごめんね!ミルテラ草を取ってこないといけないから、また今度ね!」


 リオンとミリアは兄妹で、私の7つ下。よく一緒に遊んであげている仲だ。


「またねー!」


 手を振る二人に笑い返し、歩き出す。


「おや、こんなところで一輪の黒百合に出会えるなんて。今日の太陽は、君を輝かせるために昇ったんだね。」


「ク、クルス君、おはよう。今日も元気だね。」


 クルス君は私と同い年の男の子で、会うたびにきざなセリフと共にどこから摘んできたのか赤いバラを渡してくるからちょっと苦手だ。


「元気?いや、君の姿を見るまでは死にかけていたよ。でも今、その肩にかかる黒髪が風に踊るのを見て、僕の心臓は再び動き始めたんだ。」


「そ、そうなんだ…お大事にね…」


「ああ、まさか心配してくれるなんて…君のその深海よりも美しい碧眼に見つめるだけで、僕の意識は遠のきそうだよ。」


「そ、そっか。それじゃあ、そろそろ行くね…?」


「森に行くのかい?よければ僕もついていこうか?」


「ありがとう。でも、大丈夫だよ?」


「そうかい?まあ、僕はしつこい男じゃないからね。でも、必要なら何時でも呼んでおくれ。君のためなら、何処へでも飛んでいくよ。」


「はは…ありがとう。それじゃ、じゃあね。」


 相変わらずキザなセリフを言ってくるクルス君を尻目に、森への道を歩き出す。


 森に近づくにつれて、空気が少しずつ冷たくなっていくのを感じる。

 家々が途切れ、代わりに背の高い木々が視界に広がりはじめた。


「よし…いっぱい取って、おばさんを喜ばせよう!」


 意気揚々と森にはいる私の頭によぎるのは、おばさんが言っていた”大きなモンスター”の噂。


「…まあ、森の浅いところまでしか行かないし、大丈夫、大丈夫…」


 そう言い聞かせながら、ミルテラ草を探していく。

 森の中はいつもより霧がかかっていて、鳥の声もどこか控えめだ。


「あ、あった!」


 さっそく一つ見つけ背中に背負ったかごに入れる。


「よし、この調子でがんばろう!」


 それからしばらくの間、ミルテラ草を探し続けること数時間。

 いつの間にか、かごの中はいっぱいのミルテラ草で満たされていた。


「よし、このくらいでいいよね。」


 そろそろ帰ろう、そう考えたとき…

 突然、目の前の木から鳥が一斉に飛び立つ。


「わっ!びっくりした…」


 突然の出来事に、思わず大きな声を上げてしまう。頭によぎるのは、やはりあの噂だった。


「…はやく帰ろ」


 不安を振り払うように呟き、地面に置いてあるかごを持ち上げ、背中に背負う。

 

 そして、立ち上がると…視線の先、数メートルほどの距離に、それはいた。



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