第3話 昇華の神

「なに、これ…?」


 神様がナイフ持った途端、空気がピンと張り詰める。


 神様の目の前にいるオークもその変化を感じたのか、一瞬足を止める。

 しかしすぐに鉈を大きく振り上げる。


「グルアァァァァァァァァ!!」


「あ…神様っ!」


 振り下ろされる鉈を前に、神様は一言だけ呟いた。


昇華サブライム


 神様がそう呟くと、神様の手から光が溢れ出し、ナイフを包んでいく。


「借りるよ、兄様。」


「え…?」


 神様が何か言ったけど、うまく聞き取れなかった。

 そして、小さかったナイフの輪郭がみるみるうちに変形して行き――光が収まった時、神様の手には、刀身が炎に包まれた漆黒の大剣が握られていた。


「ナ、ナイフが…何がおきたの…?」


 私の呟きを意に介さず、神様は大剣を後ろに構える。


 そして、大剣が振り上げられたとき、世界が炎に包まれた。


 音も色も抜け落ち、その一振りで生み出された炎が神様とオークを取り囲む。


 その炎は、悉くを焼き尽くす原初の炎。

 まるで世界の始まりに生まれたかのような、荒々しくも神聖な光を放ちながら天へと駆け上がっていく。


「熱い…っ!?」


 眩しさと熱さで、思わず腕で顔をかばう。

 炎はそのまま天へ昇っていく。その姿は、まるでおとぎ話の龍のようだった。


 そして、熱と光が収まった時、目の前には信じられない光景が広がっていた。


「う、そ……」


 あれだけの巨体を持っていたオークが、跡形もなく文字通り

 その場には、焼け焦げた木々と熱気だけが揺らめいていた。


「あ…ああ…」


 目の前で起きた出来事に、思わず腰を抜かして呆けていると、


「君、大丈夫?怪我してない?」


 神様がこっちに駆け寄ってくる。


「あ…あの、今のは…」


 震える声で言葉を絞り出す。


「今のは…少し、力を使ったんだ。」


「力…神様の、権能のことですか?」


「そう、私の神としての権能。」


 これが、神の力。

 たった一振りで、オークを焼き尽くし、すべてを消し去ってしまう。

 あまりに強大で、恐ろしくて、それでいて美しい。


「…いったん、立ち上がろうか。このナイフは――」


 神様が「あっ」という声を上げると同時に、手に握られた大剣が静かに光の粒になってほどけていき、消えていった。


「ごめん!ナイフ壊れちゃった!」


 そういって謝る神様を前に、私の心臓はドクドクとうるさく鳴っていた。

 これは、夢でも幻でもない。


 本物の”神”なんだ……。


「ええと、弁償するよ。と言っても、無一文なんだけど…」


「い、いえ!切れ味も悪くなってたし、そろそろ交換しようかと思ってたので!」


「ほ、ほんとに?なら、良かった…」


 私の言葉に神様は安堵したようで、しゃがみ込み、目線を合わせてくる。


「君、ここで何をしてたの?」


「ミ、ミルテラ草を取りに…」


「そっか…かご、倒れちゃってるね。一緒に拾おうか。」


「は、はい!ありがとうございます!」


 神様はまるで子供を相手にするようにやさしく話しかけてくれる。その姿になんだか恥ずかしくなりながら、こぼれたミルテラ草をかごに戻していく。


「それにしても、なんで君はオークの前にいたの?」


「それが、ミルテラ草を取りに森に入ったはいいものの、ちょっと深入りしすぎちゃったみたいで…」


「そっか。まさか降りた先に人がいるなんて思わなかったけど、君を助けられたなら良かったよ。」


「あ、はい!その、助けていただいて、ありがとうございます!」


「いいよ。こっちこそ、いきなり現れて驚いたでしょ?驚かせてごめんね。」


「い、いえ!とっても綺麗だったので!」


「そう?ありがとね。」


 神様と話しながらミルテラ草を拾っていき、やっとすべて拾うことができた。


「これで全部かな?」


「はい!ありがとうございます!」


「別にいいよ。そういえば、君の名前は?」


「ア、アトラです!この近くの村に住んでます!」


「アトラ…いい名前だね、覚えたよ。」


「私の名前を…神様が…っ!」


 まさか私の名前が神様に覚えられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


「アトラ、ここがどの辺か、分かる?」


「はい!ここはデスティア荒野近くの森ですね。東に行けば荒野があって、西に行けば私の村があります!」


「デスティア荒野か…。てことは、エリオンからはかなり遠いね。」


「神様は、地上のことを知ってるんですか?」


「まあ、神だからね。地上のことはだいたい知ってるよ。それにしても最西端か…遠いな…」


 そう呟く神様の表情は、どこか焦っているように感じられた。


「ああごめんね。とりあえず、アトラの住む村に連れて行ってもらえないかな?」


「わかりました!」


 そして、神様と一緒に村へと歩いていく。

 村に神様が来るなんて…夢みたいだ。


「そういえば、神様のお名前は…?」


「ああ、自己紹介を忘れていたね」


 そういって神様は私の少し前に立ち、こちらに振り返る。


「私の名はエテルナ。………昇華の神エテルナだよ。」


 その姿は、とても神々しかった。

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