第9話:生徒指導の基本は、理不尽な上司を追い返すことにある

 ウゥゥゥゥ――ッ!!


 鼓膜を劈くサイレンの音と共に、1年0組のボロボロのドアが再び蹴破られた。


「そこまでだ! 公務執行妨害および器物損壊の現行犯で拘束する!」


 ドカドカと教室に雪崩れ込んできたのは、純白の制服に身を包んだ武装集団だった。

 胸には『風紀委員会』の腕章。手には最新式の魔導警棒が握られている。


「げっ……風紀委員」


 床に座り込んでいたレンが、顔を引きつらせた。

 先ほどまでの威勢はどこへやら、彼女は俺の背後に隠れるように身を縮める。どうやら天敵らしい。


「天城レン! また貴様か!」


 集団の中から、一際キザな男が進み出てきた。

 銀縁メガネに、神経質そうな細面。生徒会長兼、風紀委員長の西園寺(さいおんじ)レオだ。


「校舎の破壊はこれで今月5回目だ。もはや情状酌量の余地はない。即刻退学処分とし、身柄を協会へ引き渡す!」


 西園寺が指を鳴らすと、委員たちがレンを取り囲もうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 今回は事故で……!」

「問答無用! 連行しろ!」


 レンが悲鳴を上げる。

 だが、その手が彼女に届く直前。

 ヌッと伸びた俺の手が、魔導警棒を掴んで止めた。


「……あ?」


 委員の一人が呆気にとられる。

 俺は警棒を軽く指で弾き返し、あくび混じりに言った。


「おいおい。人の授業中に騒がしいな」


「貴様は誰だ?」


 西園寺が不快そうに眉をひそめる。

 俺の格好――ジャージとサンダルを一瞥し、彼は鼻で笑った。


「ふん、新しい用務員か? 部外者は下がっていろ。これはアカデミーの秩序を守るための崇高な職務だ」


「用務員じゃねえよ。今日からこいつらの担任になった坂本だ」


「担任……? このゴミ溜めの?」


 西園寺は値踏みするように俺を見た後、興味を失ったように視線を外した。


「まあいい。なら話は早い。その問題児を引き渡せ。それが貴様のような底辺教師にできる、唯一の社会貢献だ」


 理路整然とした暴論だ。

 確かに、レンがやったことは褒められたことじゃない。

 だが。


「断る」


 俺はポケットから新しい煙草を取り出し、口にくわえた。


「なっ……」

「俺の生徒だ。叱るのも褒めるのも俺が決める。部外者が勝手に手出しするんじゃねぇよ」


「き、貴様……私が誰だか分かっているのか!? 西園寺財閥の御曹司にして、Sランク魔導師の……」


「知らん」


 俺は西園寺の言葉を遮り、彼に近づいた。

 至近距離。

 俺の吐き出した煙が、彼の整った顔にかかる。


「ゴホッ、ゴホッ! き、貴様、無礼な!」

「退学手続きなんて面倒なモン、俺に書かせる気か? 俺は定時で帰りたいんだ。仕事を増やすな」


「……は?」


 西園寺がポカンとした。

 レンも、後ろで目を丸くしている。

 正義感でも優しさでもない。「書類仕事が面倒だから」という理由で、俺は国家権力に喧嘩を売ったのだ。


「ふ、ふざけるな! これだから社会の底辺は! 力ずくでも退いてもらうぞ!」


 西園寺が激昂し、右手を掲げた。

 

「重力魔法・グラビティプレス!」


 ズンッ!

 教室の空気が軋む。

 西園寺が得意とする、対象を地面に縫い付ける高位魔法だ。並の人間なら内臓が破裂する圧力が、俺の肩にのしかかる。


「ひれ伏せ! 愚かな教師よ!」


 西園寺が勝ち誇ったように叫ぶ。

 だが。


「……で? 肩こりでも治してくれるのか?」


 俺は首をコキコキと鳴らし、平然と立っていた。


「な、なに!?」

「ちょうど肩が凝ってたんだ。もうちょい右、頼めるか?」


「ば、バカな! 私の魔法が効かないだと!?」


 西園寺が後ずさる。

 俺はゆっくりと一歩踏み出した。

 それだけで、風紀委員たちの包囲網が割れる。


「ガキの遊びは終わりだ。予鈴が鳴る前に教室へ戻んな」


 俺は西園寺の肩をポンと叩いた。

 ただ軽く叩いただけだ。

 なのに、西園寺の顔色が真っ青になり、膝から崩れ落ちた。


 彼には分かったのだろう。

 俺の掌から伝わった、「本物の暴力」の気配が。


「ひっ、う、うわぁぁぁ!」


 西園寺は悲鳴を上げ、這うようにして教室から逃げ出した。

 残された部下たちも、慌ててその後を追う。


 嵐が去り、静寂が戻った教室。

 俺はシケモクの灰を携帯灰皿に落とし、振り返った。


「……ふぅ。騒がしい連中だ」


 レンが、信じられないものを見る目で俺を見上げていた。


「あんた……なんで……」

「言ったろ。面倒ごとは嫌いなんだ」


 俺は教卓(の残骸)に戻る。

 

「さて、ホームルームを始めるぞ。日直は誰だ?」


 1年0組の生徒たちは、誰一人として口を開かなかった。

 だが、その眼差しは、最初のような侮蔑の色から、明らかな畏怖へと変わっていた。

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