第8話:最強の火魔法? ああ、ちょうど煙草に火をつけたかったんだ

 ドォォォォンッ!!


 教室の中で爆発音が轟いた。

 視界を埋め尽くす紅蓮の炎。天城レンが放った火球は、間違いなく俺の顔面に直撃し、黒板ごと教卓周辺を吹き飛ばした。


「……ふん、口ほどにもない」


 レンはつまらなそうに鼻を鳴らし、赤い髪をかき上げる。


「所詮は一般人ね。消し炭になっちゃって、掃除が面倒だわ」


 教室にはもう数人の生徒がいたが、誰も動じない。

 イヤホンをしたままスマホをいじる少年。

 机に突っ伏して寝ている巨体の男。

 彼らにとって、担任が消し炭になるのは日常茶飯事らしい。


 黒煙がモクモクと立ち込める。

 スプリンクラーが作動しそうになる熱気の中、煙の奥から紫煙が細くたなびいた。


「……ごほっ。おい、換気扇はどこだ」


「は?」


 レンが目を見開く。

 煙がゆっくりと晴れていく。


 そこに立っていたのは、煤(すす)一つついていない俺だった。

 唯一の変化といえば、口にくわえた煙草(シケモク)の先端が、赤く灯っていることくらいか。


「な……なんで? 直撃したはずじゃ……」


「ああ、当たったよ。いい火力だ」


 俺は深く紫煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「おかげでライターを探す手間が省けた。サンキュな、お嬢ちゃん」


「ふ、ふざけないで! 私の『爆炎』は、ドラゴンの鱗だって貫くのよ!?」


「そうか。だが、今の俺はドラゴンより硬いんでな」


 嘘ではない。

 長年のダンジョン探索で魔力を浴び続けた俺の皮膚は、生半可な魔法抵抗(レジスト)装備よりも頑丈になっている。この程度の挨拶(ジャブ)なら、蚊に刺されたほども感じない。


「っ……! ナメないで!」


 レンの顔が屈辱で赤く染まる。

 彼女の両手に、先ほどとは桁違いの魔力が収束し始めた。


「これならどう! 最大出力、プロミネンス・バ――」


「はい、そこまで」


 俺はサンダル履きの足で、トン、と床を踏んだ。


 ズンッ。


 ただの一歩。

 だが、その衝撃波は不可視の壁となって教室を駆け抜け、レンの体勢を崩させた。


「きゃっ!?」


 彼女がよろめいた隙に、俺は懐へと潜り込む。

 縮地(しゅくち)。

 瞬きする間もなく距離を詰め、彼女の手首を軽く掴んだ。


「放す時は、上を向けろ。天井なら弁償ですむが、俺に当てたら……」


 俺は顔を近づけ、小声で囁く。


「……補習じゃ済まないぞ?」


 ゾクリ。

 レンの肩が跳ねた。

 彼女は見たのだ。俺の瞳の奥に眠る、深淵のような闇を。かつて何万という魔物を葬ってきた、捕食者の目を。


「ひぅ……っ」


 レンの手から魔力が散霧する。

 彼女はへなへなと腰を抜かし、その場に座り込んだ。


「分かればよろしい」


 俺は手を離し、燃え残った黒板の前に立った。

 チョークは消し炭になっていたので、指先で黒板を削って名前を書く。

 キィキィと不快な音が響くが、誰も文句を言わなかった。


「改めまして。今日からお前らの担任になった、坂本だ」


 俺は教室を見渡す。

 さっきまで無関心を決め込んでいた他の生徒たちも、今はスマホを置き、寝たふりをやめて、こちらを凝視していた。

 恐怖と、警戒と、ほんの少しの興味を含んだ視線で。


「俺の教育方針はシンプルだ」


 俺は煙草の灰を携帯灰皿に落とし、ニヤリと笑った。


「授業中は静かにすること。俺の昼寝を邪魔しないこと。……以上だ」


 静まり返る1年0組。

 どうやら、最初の掴みは上々のようだ。


 こうして、俺と問題児たちの奇妙な学園生活が幕を開けた。

 だが当然、これで終わるはずがない。


 窓の外から、けたたましいサイレンの音が近づいてきていた。

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