第7話:国家公認のSランク任務、内容は「女子高生のお守り」だった

 狭苦しい漫画喫茶のブース内で、俺は深くため息をついた。

 メロンソーダの炭酸が抜けていく。俺の自由もまた、泡のように消え去ろうとしていた。


「……で? その『依頼』ってのは何なんだ」


 俺はふてぶてしく問い返す。

 目の前の女狐――監査官の如月は、満足げにファイルを開いた。


「貴方に頼みたいのは、ある場所への潜入と警護です」


「潜入? テロリストのアジトか、未開拓の深層ダンジョンか?」


「いいえ。もっと恐ろしく、秩序のない場所です」


 如月は真顔で言い放ち、一枚の写真を取り出した。

 そこには、白亜の校舎と、煌びやかな制服に身を包んだ若者たちが写っていた。


「『国立ダンジョン攻略アカデミー』。……貴方には、ここの臨時教官になってもらいます」


 俺は思わず耳を疑った。


「……は?」


「聞こえませんでしたか? 教官です。先生、と呼んだ方が分かりやすいでしょうか」


「冗談は顔だけにしてくれ。俺の最終学歴は中卒だぞ」


 俺は手を振って拒絶する。

 アカデミーといえば、未来のエリート探索者を育成する超名門校だ。偏差値も実技もトップクラスの英才たちが集まる場所。

 そんなところに、42歳のフリーターが馴染めるわけがない。


「学歴なら偽造しました。今日から貴方は、海外帰りの特別講師『サカモト・イェーガー』です」


「名前がダサい」


「文句を言わない。……今回のターゲットは、このクラスです」


 彼女が指さしたのは、生徒名簿の一番下にあるリストだった。

 『特務科1年0組』。

 通称、“廃棄物処理場(ダストボックス)”。


「彼らは才能はあるものの、素行や能力の偏りが酷すぎて、既存の教育プログラムから弾かれた問題児たちです。……特に、この少女」


 如月が指さしたのは、不貞腐れたような目でカメラを睨む、赤髪の少女の写真だった。


「天城(あまぎ)レン。日本最強のギルドマスターの娘にして、制御不能の『爆炎使い』。彼女が先日、校舎を半壊させましてね」


「元気で結構なことじゃないか」


「笑い事ではありません。彼女を更生させ、立派な探索者に育て上げる。それが貴方の任務です。……もし失敗すれば」


 如月は、スマホの画面(凍結された口座残高)をチラつかせた。


「貴方の老後資金は、国庫に没収されます」


「……鬼か、あんたは」


 俺は天井を仰いだ。

 魔王討伐よりも難易度が高そうな気がするのは、気のせいだろうか。


 ◇


 翌朝。

 俺はアカデミーの正門前に立っていた。


 巨大な鉄門。手入れの行き届いた並木道。

 登校してくる生徒たちは皆、最新鋭の装備をスタイリッシュに着こなし、自信に満ちた顔をしている。


「……場違いだな」


 俺の格好は、昨日と変わらない。

 ヨレヨレのジャージに、サンダル。

 背中には、例の聖剣(ボロ布包み)を背負っている。

 置いてくるとまた地震が起きるから、仕方なく持ってくる羽目になったのだ。


「うわ、何あれ?」

「工事のおっさん?」

「警備員が止めるだろ、あんな不審者」


 生徒たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 痛い。視線が痛い。

 だが、俺は腹を括って歩き出した。


 校舎に入り、長い廊下を渡る。

 目指すは校舎の最奥、別棟にあるという『1年0組』の教室だ。


 ギィィ……。


 錆びついたドアを開ける。

 そこは、教室というよりは廃墟に近かった。

 壁は焦げ、机はひっくり返り、窓ガラスは割れている。


 そして、部屋の中心。

 教卓の上に足を乗せて座っている少女が一人。


「……あぁ? 誰よ、おっさん」


 燃えるような赤い髪。写真で見た天城レンだ。

 彼女は退屈そうに俺を一瞥し、手のひらで小さな火球をもてあそんでいた。


「ピザの配達なら頼んでないわよ」


「残念ながら、ピザより重いものを届けに来たんでね」


 俺は聖剣を教室の隅に「ドスン」と置いた。

 教室全体が揺れ、天井からパラパラと埃が落ちる。


「……今日からお前らの担任になった、坂本だ。よろしくな」


 黒板に名前を書こうとして、チョークが折れた。

 加減が難しい。


「担任? はっ、また協会が寄越した雑魚?」


 レンは鼻で笑い、教卓から飛び降りた。

 その全身から、凄まじい熱気が噴き出す。


「悪いけど、先週来た担任は3秒で泣いて逃げたわよ? あんたは何秒もつかしらね!」


 ドォッ!!


 挨拶代わりとばかりに、彼女の手から放たれた火炎弾が、俺の顔面めがけて飛来した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る