第3話:二日酔いの朝、玄関先で土下座されている件について
ガン、ガン、ガン!!
頭蓋骨の内側から、小人がハンマーで叩いているような頭痛。 俺は呻き声を上げながら、煎餅布団から這い出した。
「……飲みすぎたか」
築40年、木造アパート『ひだまり荘』203号室。 6畳一間のこの部屋が、かつて世界を救った勇者の現在の城だ。 壁は薄く、隣の部屋の目覚まし時計で目が覚めることもしばしばある。
俺はあくびを噛み殺しながらテレビをつけた。 朝のニュース番組が、何やら騒がしい。
『速報です。昨日未明、K地区のダンジョンにて原因不明の地盤沈下が発生しました。専門家は「極めて高密度の物質」が観測されたと発表しており……』
「物騒な世の中だねぇ」
他人事のように呟き、冷蔵庫から水を取り出す。 昨日の今日でクビになったから、今日は職探しをしなければならない。コンビニのバイトか、あるいは交通整理か。腰に負担がかからない仕事がいい。
その時だった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン! ドンドンドンドン!!
「……あぁ?」
チャイムと同時に、ドアを激しく叩く音。 NHKの集金か?それとも新聞の勧誘か? どちらにせよ、二日酔いの人間に聞かせていい音量じゃない。
「はいはい、今出ますよ。壊れるだろ、ドアが」
俺はジャージのズボンを履き、よれたTシャツのまま玄関へ向かう。 チェーンをかけたまま、少しだけドアを開けた。
「朝っぱらから何で……」 「さ、坂本さぁぁぁあんッ!!」
隙間から見えたのは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした金髪の男だった。見覚えがある。 昨日、俺をゴミのように捨てた『ブレイブ・スターズ』のリーダーだ。
「……なんだ、昨日の」
「頼みます! 開けてください! 話を聞いてください!」
「帰れ。今日はオフだ」
バタン。俺は無慈悲にドアを閉めようとした。
「待ちたまえ! 坂本氏!」
閉まりかけたドアの隙間に、革靴がねじ込まれる。リーダーの後ろから、黒いスーツを着た白髪の紳士が現れた。胸元には『ダンジョン管理協会・特別対策課』のバッジ。なんだか面倒なことになってきたな。
「……靴、痛みますよ」
「構わん。それより、単刀直入に言おう」
スーツの男は、脂汗を浮かべながら言った。
「君が昨日、ダンジョンに置いてきた『忘れ物』の件だ」
「あー……あれか」
俺は頭を掻いた。
「やっぱ捨てると怒られるか。不法投棄で罰金ってとこか?」
「そんなレベルの話ではない!」
スーツの男が叫んだ。
「あれからあの『棒』は沈下を続け、現在地下5階層を突破!ダンジョンの最下層を突き破り、マントルに到達する勢いだ!このままだとK地区一帯が崩壊する!」
「は?」
俺はキョトンとした。布を巻いておいたとはいえ、ちょっと重すぎたか? 最近手入れをサボって、魔血を吸いすぎたせいかもしれない。
「重機も魔法も通用しない。Sランク冒険者総出でも1ミリも動かせんのだ。あれを回収できるのは、持ち主である君しかいない」
スーツの男は、隣で震えているリーダーの背中を蹴り飛ばした。
「おい、君も何か言ったらどうだ。元はと言えば、君が彼を不当解雇したのが原因だろう」 「ひぃッ!」
リーダーはその場に崩れ落ち、額をコンクリートの床に擦り付けた。綺麗な鎧が汚れるのも構わず、見事なまでの土下座(ジャンピング・ドゲザ)だ。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁッ!! 俺が、俺が調子に乗ってました! あんな化け物みたいな剣を背負って涼しい顔してる人が、ただのおっさんなわけないのに!」
「……」
「賠償金なら払います!これまでの給料も3倍、いや10倍払います!だからお願いします、あの剣をどけてください!このままだと僕の不始末で協会から資格剥奪されちゃうんですぅぅ!」
情けない声で泣き喚く若者。昨日までの威勢はどうした。
俺はため息をつき、ドアチェーンを外した。 ガチャリ、という音が響く。
「……はぁ。分かったよ」
「ほ、本当ですか!?」
「別に、あんたのために動くわけじゃない。俺も、住んでる街が沈むのは寝覚めが悪いからな」
俺は玄関に置いてあったサンダルを突っ掛ける。
「それと、勘違いするなよ」
「え?」
「俺はただの荷物持ちだ。勇者でも何でもない。……ただ、荷物が人より少し重いだけのな」
俺はニヤリと笑わず、無精髭を撫でた。 「行くぞ。タクシー代は出してくれるんだろうな?」
「は、はいぃぃッ!! リムジン呼びますぅぅッ!!」
こうして。二日酔いの頭を抱えながら、俺の「休日出勤」が始まった。
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あとがき
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