俺だけ生物的に進化して行くのが怖い件について😱

匿名AI共創作家・春

第1話

違和感の芽生え(春)

​大和タケル、24歳。年度初めの四月。新入社員の教育係を任された彼は、忙しくも充実した日々を送っていた。異変が始まったのは、その年の桜が散り始めた頃だった。

​ある土曜の昼下がり、タケルは自宅でテレビを見ていた。何の気なしにバラエティ番組を見ていたとき、ふと、画面の隅に映る出演者の鼻の頭の毛穴が、異常なほど鮮明に見えた。

​「え……?」

​タケルはリモコンを操作して、目をこすった。彼のアパートにあるのは、一般的なフルハイビジョンテレビだ。特別な高画質設定にしているわけでもない。だが、その毛穴の一つ一つが、立体感を持って彼の視界に飛び込んでくる。それはまるで、対象物との間にあった薄い靄(もや)が、不意に消え失せたような感覚だった。

​「目が良くなったのか?」

​彼は試しに窓の外を見た。近所のアパートの屋根に、遠すぎて普段は確認できないはずの、小さなアンテナの錆の色が、正確なマンセル値のように認識できた。

​その変化は、一瞬で終わらなかった。それ以来、タケルの視界は少しずつ、しかし確実に**「解像度」**を上げていった。

​オフィスでは、同僚が着ているスーツの生地の繊維の絡み方や、デスクの木目の中に閉じ込められた数十年前の年輪の溝が、否応なく目に飛び込んでくる。それは新鮮な驚きであると同時に、目が疲れる原因にもなった。

​「世界が、情報過多になっている」

​タケルはそう感じ始めたが、それはコーヒーを飲みすぎた夜の軽度の不眠や、仕事のストレスによるものだと、すぐに自己診断を下した。人間の感覚は曖昧で、体調によって変わるものだ。

​2. ノイズの侵入(梅雨)

​梅雨に入り、湿気が高まり始めた頃、今度は聴覚に微細な変化が現れた。

​それは、特定の周波数帯域、特に低音域が、やけにクリアに聞こえるようになったことだった。

​通勤中の地下鉄。以前は騒音でしかかなったはずのレールの摩擦音が、まるで精密機械が奏でる不協和音のシンフォニーのように聞こえ始めた。

​ある日、タケルが駅のホームで電車を待っていると、隣に立っていた若い女性のイヤホンから漏れる極小の音の振動が、まるで彼の耳元で囁かれているかのように聞こえた。

​それは、彼女が聴いている音楽のベースラインだった。彼は、彼女のイヤホンの構造、特に振動板の素材や、そこから漏れ出る音の波形まで、頭の中で解析できてしまいそうだった。

​タケルは咄嗟に耳を塞いだ。

​(これじゃあ、他人のプライベートまで侵食しているみたいじゃないか……!)

​しかし、この変化もまだ「気のせい」の範疇だった。イヤホンの遮音性が低いせいだろう。最近、音に敏感になっているのかもしれない。そう思い、彼は自分のヘッドホンを新しく買い替えた。ノイズキャンセリング機能が優秀なモデルだ。

​だが、夜、静かな部屋でヘッドホンを装着しても、世界を完全にシャットアウトすることはできなくなっていた。

​ヘッドホンが遮断した音の裏側で、彼の身体が拾い上げる微細な振動――アパートの壁を這うゴキブリの足音、階下の住人が深夜に点けるテレビのタイマー音、そして、最も恐ろしいことに、自分の脳内で微かに流れる血液の「ざわめき」が聞こえ始めたのだ。

​タケルは毎晩、耳鳴りと微細なノイズに苛まれ、眠りが浅くなっていった。彼は「早く人間ドックに行かなきゃ」と、この変化を「病気」として捉えることで、かろうじて正気を保っていた。

​3. 香りの崩壊(夏)

​夏が本格化し、湿度と気温が極限まで高まった頃、タケルはもう一つ、決定的な感覚の変化に直面した。それは、彼の「人間らしい情緒」を奪い始める、嗅覚の異常進化だった。

​それは、営業先で起こった。

​タケルは中堅企業の社長室で、年配の社長と向かい合っていた。社長は愛想よく笑い、タケルにコーヒーを勧めた。

​その瞬間、タケルの鼻腔に流れ込んできたのは、芳醇なコーヒーの香りだけではなかった。

​『高湿度の空気中に漂う、社長の古いポリエステル製スーツから放出された化学物質の残滓。微量のタバコのニコチン、そして加齢によって分泌が促進された、ノネナール(いわゆる加齢臭)の分子構造。』

​タケルには、それらが全て、分離した情報として流れ込んできた。彼は、社長の「優雅な佇まい」と、その裏側にある「微細な生理現象」を同時に嗅ぎ分けてしまい、目の前の人物が、単なる「有機物の塊」としてしか認識できなくなった。

​(やめろ、集中しろ!これは人間だ、取引先の社長だ!)

​タケルは必死に意識を逸らそうとしたが、嗅覚の進化は容赦なかった。社長が口を開いて笑うたびに、彼の口腔内に常駐する細菌が発する揮発性硫黄化合物が、タケルにとって強烈な異臭として感じられた。

​商談後、タケルはトイレに駆け込み、嘔吐した。吐き出したのは、朝食べたトーストに含まれるイースト菌の培養臭と、彼の胃酸が分泌する塩酸の刺激臭だった。

​彼は気づいた。もはや彼の脳は、「匂い」を「感情」や「記憶」と結びつける機能を失い、純粋な「化学的分析装置」へと変化し始めていたのだ。

​自宅に帰っても、恋人の髪から香るシャンプーの匂いが、彼にとっては「合成界面活性剤と、複数の人工香料の配合比率」という無味乾燥なデータでしかなかった。

​愛する人の存在が、データ化されていく恐怖。

​この頃から、タケルは積極的に人との接触を避けるようになり、口に入れるものも、最低限の栄養素と水だけになった。


タケルが感覚の異常進化に苛まれ始めた夏から秋にかけ、周囲の同僚たちは彼の変化を「気のせい」で片付けられない、明確な違和感として感じ取り始めた。

​営業課・佐藤(30代・先輩)の視点

​佐藤はタケルの直属の先輩であり、彼に新人の頃から目をかけていた。だが、この数ヶ月のタケルは、どうにも掴みどころがなかった。

​「大和くんさ、最近、やたらと静かじゃないか?」

​ある日の喫煙所で、佐藤は同期にそう漏らした。タケルは以前から物静かな方だったが、今は違う。

​目線の異常な正確さ: タケルは会議中、資料を一切見ず、遠くのプロジェクターの文字を読み取ることが増えた。その視線は、まるでレーザー光線のように正確で、一点に固定される。そして、話している相手の顔よりも、その口元の微細な動きや肌の毛細血管をじっと見ているように感じられることがあった。

​食事の拒否: 昼食時、タケルは以前は気にせず社員食堂を利用していたが、この頃はデスクで栄養補助ゼリーかミネラルウォーターしか口にしなくなった。断り方も妙に論理的だ。「必要なカロリーと微量元素の摂取効率を考えた結果、この方が合理的です」と、まるでロボットのような言い方をする。

​空間把握能力の異常: 一番奇妙なのは、彼の聴覚が異常に良くなっているらしいことだ。


​ある時、倉庫から持ち出してきたダンボールが山積みになった通路で、佐藤がタケルに背後から声をかけた。通常なら誰もが立ち止まって振り向くような状況で、タケルは「はい、佐藤さん」と、振り向かずに正確に彼の声を捉え、会話を続けた。

​「おい、なんで俺だってわかったんだ?」と佐藤が問うと、タケルは一瞬、眉をひそめて答えた。

​「佐藤さんの靴の革が、床のクッションフロアに触れる際の微細な摩擦音が、他の誰とも違いますので。それに、佐藤さんの呼吸は、今、少し乱れていますね」

​佐藤はぞっとした。彼の呼吸が乱れているのは、タケルを呼び止めるために駆け足で来たからだ。だが、それを無意識の音として分析し、指摘してくるタケルの様子は、もはや人間的な「配慮」を欠いていた。彼はただ、得られた情報を出力しているだけのように見えた。


​営業事務・アキコ(20代・後輩)の視点

​アキコは、タケルが教育係を務めた新入社員の一人だった。彼女にとってタケルは、最初は「知的で頼れる先輩」だったが、徐々に「冷たく、怖い存在」に変わっていった。


​無関心な視線: 質問をする際、タケルはアキコの顔を見ない。代わりに、彼女が手に持つ資料のインクの乗りや、彼女の指先に残った微細な鉛筆の粉といった、「情報」ばかりに焦点を合わせている。彼女が緊張で身体を揺らすと、タケルは「体幹が不安定ですね」と、感情ではなく物理法則について指摘する。


​拒絶する体臭: 一度、タケルが自分のデスクに戻った直後、アキコは彼のデスクから、微かに有機溶剤のような、ツンとした臭いがするのを感じた。それは決してタケルの体臭ではない、何か人工的な、無機質な匂いだった。それは、彼の「進化」が作り出す、人類には馴染みのない化学的排出物だったが、アキコはそれを「タケル先輩のパーソナルスペースから漏れ出た冷気」だと解釈した。

​「大和先輩って……最近、生きてる感じがしないですよね」

​ある日、アキコが同期にそう打ち明けると、同期は深く頷いた。

​「わかる。なんか、精度の高いAIと話してるみたいだ。人間的な『揺らぎ』がないんだよ」

​タケルの進化は、彼の能力を向上させていたが、その代償として、彼を「人間」として認識させるための曖昧さ、情緒、そして無意識のノイズを奪っていった。彼は既に、周囲の人間から「同じ種族」ではないものとして、静かに距離を置かれ始めていた。タケル自身はそれに気づいていない。なぜなら、彼の進化は、他者の感情を読む機能を、「無意味な脳内化学反応」として切り捨てていたからだ。


タケルには、大学時代から交際している恋人、サユリがいた。彼女はタケルのことを「真面目で優しい、少し不器用な人」として愛していた。しかし、この数ヶ月、彼女はタケルの中に「何か冷たいもの」が入り込んでいるのを感じ始めていた。

​タケルは以前は食欲旺盛だったが、最近は二人で外食しても、ほとんど口をつけなくなった。

​「タケル、どうかしたの?このパスタ、タケルが好きだって言ってたお店のだよ?」

​サユリが心配そうに尋ねると、タケルは皿の上を見つめ、静かに答えた。

​「ああ、知ってる。……ただ、これは、効率が悪い」

​彼の答えは、抽象的な拒否ではなく、具体的な分析だった。

​「このクリームソースに含まれる飽和脂肪酸は、消化に時間がかかる。そして、この人工着色料は、僕の体内の代謝サイクルをわずかに阻害する。つまり、この食事は生命維持活動において、最適な選択ではないんだ」

​タケルは、サユリの「美味しいものを一緒に食べる喜び」という感情を、完全に無視した。彼の口から出てくるのは、食べ物に対する「評価」ではなく、「スペック」だった。サユリは、彼の隣に座っているのに、まるで栄養士と会話しているような気分になった。

​そして、彼の身体も少しずつ変化していた。以前はもう少し丸みがあったはずの肩や腕が、無駄な肉を削ぎ落としたように細く、硬質なラインを描くようになっていた。

​「ねえ、タケル、痩せた?」

​タケルは一瞬、自分の腕を見つめた。

​「体重は変わっていない。しかし、体脂肪率が過去三ヶ月で2%減少した。これは、僕の消化器官と代謝システムが、摂取したカロリーをより正確に、より効率的にエネルギーに変換し始めたことを示している」

​サユリは、彼が自分を「生きている機械」として見ているように感じた。彼の変化は、彼女にとっての「恋人」ではなく、「異種」のそれに近づきつつあった。

​2. スキンシップの崩壊

​タケルの変化が最も恐ろしかったのは、スキンシップにおいてだった。

​以前は、タケルがサユリを抱きしめる時、そこには温もりや安心感があった。しかし最近のタケルの抱擁は、「ただ身体を密着させている」という以上の意味を持たなくなっていた。

​ある夜、サユリがタケルの胸に顔を埋めた。

​「……タケル、最近、心臓の音、すごく静かになったね」

​以前は、トクトクと力強く脈打っていた彼の心音が、今は「規則正しい、小さな機械の動作音」のようにしか聞こえない。彼の聴覚の進化に合わせて、彼の身体もまた、ノイズを最小限に抑えるように変化していたのだ。

​タケルは抱きしめながら、サユリの髪の毛に顔を近づけた。

​「サユリ、君の頭皮の皮膚細胞は、平均よりわずかに剥離速度が速い。シャンプーの界面活性剤が強すぎるのかもしれない」

​彼は、彼女の「髪の香り」や「抱きしめることで得られる安心感」ではなく、彼女の「生理的なデータ」を分析していた。彼の腕から伝わる体温は、以前よりわずかに低く、そして安定していた。それは、生命の躍動というよりも、完璧な熱効率を追求した結果のように感じられた。

​タケルは、サユリが彼に求めている情緒的な接続や共感を、『不必要な情報』として遮断し始めていた。彼の進化は、「愛」という人間の最も複雑な感情を、「特定のホルモンと脳内物質の相互作用」という無機質なデータに分解してしまっていたのだ。

​サユリは、タケルが自分を抱きしめているその瞬間、自分がこの世界で最も孤独な場所にいるような、底知れぬ恐怖を感じた。

​「タケルは、どこに行っちゃったんだろう……」

​タケルの体温の中で、サユリはそう涙をこぼした。タケルは、その涙が『ナトリウムとカリウムの濃度が高い水分』であることは理解したが、それが何を意味するのか、もはや理解できなかった。

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