第13話 「食欲駆動の砲台と、赤字覚悟のダンジョン攻略」
「準備はいいか? 今回は『時間』との勝負だ」
『さえずりの洞窟』入り口。
俺は二人の仲間に檄を飛ばした。
今回の作戦の肝は、シルヴィの満腹度が尽きる前に、最短距離で最奥の鉱石エリアまで突き進むことだ。
「シルヴィ、今の腹具合は?」
「はい! 朝ごはんを三人前食べたので、100%満タンです! いつでも撃てます!」
「よし。ミレーヌ、例の『ブツ』は?」
「ええ、こちらに。特製高カロリーレーション『聖女の恵み・改』。一つにつき銀貨三枚で提供可能です」
ミレーヌが懐から取り出したのは、見た目はただの茶色い固形物だが、一口で成人男性の一日分のカロリーを摂取できるという魔改造食品だ。
高い。だが、これがなければシルヴィはただの置物になる。
「行くぞ! リベンジマッチだ!」
俺たちは洞窟へと突入した。
***
地下二階層。因縁の蜘蛛エリア。
前回と同じく、「カサカサ……」という嫌な音が響いてきた。
「来ましたわね。ケーブ・スパイダーの群れ。数は四十以上」
「上等だ。前回とは違うってことを見せてやる!」
俺は腰から『紫煙の壺』を取り出し、パチンコにセットした。
壺の蓋を少し開け、導火線に火をつける。
「食らいやがれ! 『スモーク・ボンバー』!」
パシュッ!
放たれた壺が蜘蛛の群れの中心に着弾し、割れた。
ボシュゥッ!!
瞬く間に紫色の濃霧が充満する。
『キシャァァァ!?』
視界を奪われ、催涙成分に悶絶する蜘蛛たち。
動きが止まった。
「今だシルヴィ! モノクル装着!」
「はいっ!」
シルヴィが『妄執のモノクル』を目に当てる。
その瞬間、彼女の口元が緩み、よだれが垂れた。
「……わぁ……茹でたての……タラバガニがいっぱい……」
彼女の目には、紫の煙の中で蠢く蜘蛛たちが、食べ頃の高級カニに見えているらしい。
「カニさん……いただきます!」
シルヴィが杖を掲げる。
以前のような恐怖による怯えはない。あるのは純粋な食欲のみ。
食欲は集中力を極限まで高める。
「焼きガニになぁれ! 『ファイア・ランス』!」
ドォォォォォン!!
放たれた炎の槍は、以前のような無駄な拡散をせず、一直線に群れの中心を貫いた。
爆風が煙を吹き飛ばし、十匹以上の蜘蛛が黒焦げになる。
「お見事! 次、右から来るぞ!」
「あ、右には……揚げたての唐揚げ(ロックリザード)が!」
「食え! いや撃て!」
「はいっ! 『フレイム・バレット』!」
ズドン! ズドン!
シルヴィの魔法が面白いように敵に吸い込まれていく。
百発百中。
敵が食べ物に見えるというだけで、ここまで有能な砲台になるとは。
俺たちは破竹の勢いで進撃した。
――しかし。
その代償はすぐに訪れた。
「はぁ……はぁ……お腹……空きました……」
戦闘開始からわずか十分。
シルヴィがふらつき始めた。
モノクルの効果で脳が「目の前にご馳走がある」と認識しているのに、実際には食べていない。
そのギャップと、魔法連射による消費で、エネルギー切れが加速していたのだ。
「もうガス欠かよ! まだ半分も進んでねぇぞ!」
「だってぇ……見てるだけでお腹が鳴っちゃって……力が出ない……」
「ゴウさん、給油(チャージ)のお時間ですわね」
ミレーヌが背後で電卓を叩く。
「レーション一つ、銀貨三枚になります」
「くそっ! 買いますよ! シルヴィ、口開けろ!」
俺は銀貨をミレーヌに投げ渡し、受け取った固形物をシルヴィの口にねじ込んだ。
「んぐっ! ……ん、んんっ! 復活!」
「よし、撃て!」
ドカン!
蜘蛛が吹っ飛ぶ。
しかし、三分後。
「……またお腹空きました」
「早すぎだろ! アメ車かお前は!」
「燃費が悪いですわねぇ。はい、追加で銀貨三枚」
「畜生ぉぉぉ!」
進めば進むほど、俺の財布から銀貨が消えていく。
敵を倒して素材(蜘蛛の糸やトカゲの皮)を回収しても、その利益の半分以上がシルヴィの食費と、ミレーヌのサポート代(プロテクション代など)に消えていく。
「マズい……このままじゃ鉱石エリアに着く前に赤字になる……!」
俺が焦り始めた時、最奥の大広間に到達した。
そこには、通常の三倍はある巨大な蜘蛛『クイーン・スパイダー』が待ち構えていた。
「デカい! あいつが親玉か!」
「わぁ……特大の……カニ味噌……」
シルヴィがうっとりしているが、足元はフラフラだ。
もうレーションを買う金がない。
残りの魔力は、あと一発分が限界だろう。
「あの一発で仕留めるしかない。……だが、あのデカさだ。普通に撃っても耐えられるか、避けられる」
「どうしますの? 私の『聖なる一撃(ホーリー・スマッシュ)』をお使いになります? 特別価格、金貨一枚で」
「払えるか! 俺が隙を作る! シルヴィ、合図したら全力で撃て!」
俺は前に飛び出した。
クイーン・スパイダーが俺に気づき、毒液を吐きかけてくる。
俺は『紫煙の壺』の残りを投げつけ、煙幕を張るが、巨大なボスには効果が薄い。
長い脚が俺を串刺しにしようと迫る。
「ヒィィッ! ミレーヌ、バリア!」
「はい、銀貨一枚チャリン」
カィン!
間一髪、光の障壁が爪を弾く。金が減る音がしたが、命には代えられない。
俺は懐に飛び込み、叫んだ。
「ここだ! 脳天いただき!」
必中スキル発動。
だが、今回はただ落とすだけじゃない。
俺はタライが落ちてくるタイミングに合わせて、パチンコで『スライム液のカプセル』をタライの内側に撃ち込んでいたのだ。
カァァァァァァン!!
タライがクイーンの頭に直撃する。
そして、衝撃で割れたカプセルから、超強力な粘着液がタライの中身としてぶちまけられた。
タライは跳ね返らず、粘着液でボスの顔面にへばりついたままになった。
『キシャァァァ!?』
視界を完全に塞がれ、かつ頭に金属の塊がくっついた状態。
ボスはパニックになり、その場で暴れまわる。
「今だシルヴィ! そのカニ味噌(頭)を焼けぇぇぇ!」
「いただきまぁぁぁぁす!!」
シルヴィが最後の力を振り絞る。
モノクルの補正と、食欲の執念が乗った、最大火力の『エクスプロージョン』。
ドゴォォォォォォン!!!
洞窟が崩れるかと思うほどの爆炎が、タライごとボスの頭を吹き飛ばした。
断末魔もなく、クイーン・スパイダーは炭化して崩れ落ちた。
***
「……かった……勝ったぞ……」
俺は煤(すす)だらけの顔でへたり込んだ。
奥にはキラキラと輝く『ミスリル鉱石』の鉱脈が見える。
これさえ持ち帰れば、大金持ちだ。
「さあ、採掘ですわよ! ゴウさん!」
「お肉……お肉はどこ……?」
「シルヴィはそこで寝てろ。俺たちが掘る」
一時間後。
俺たちは大量の鉱石と素材を抱えて、ギルドに帰還した。
換金所での査定額は――金貨五枚(銀貨五百枚)。
過去最高の大金だ。
「しゃっしゃあ! 見たか! 俺たちの勝利だ!」
俺はカウンターでガッツポーズをした。
しかし、その直後。
いつもの「精算タイム」がやってきた。
「では、本日の経費です」
ミレーヌが長い羊皮紙を読み上げる。
特製レーション×8個:銀貨二十四枚
プロテクション×10回:銀貨十枚
解毒魔法(ゴウさんが毒を吸った分):銀貨三枚
装備修繕費(シルヴィが杖を焦がした):銀貨五枚
危険手当(ボス戦):銀貨五十枚
その他雑費・手数料……
「締めて、銀貨四百五十枚になります」
「…………は?」
俺は固まった。
稼ぎは五百枚。経費は四百五十枚。
手元に残るのは……銀貨五十枚。
「……おい、嘘だろ? あんなに命がけで戦って、ボスも倒して、残りがこれだけ?」
「あら、黒字ですわよ? 素晴らしい経営手腕です」
「ふざけんなぁぁぁ! バイト代以下じゃねーか!」
「あ、私のお肉代も引いておいてくださいね」
シルヴィが横から追い打ちをかける。
俺は悟った。
このパーティ、強くなった。確かに強くなった。
どんな敵でも倒せるかもしれない。
だが――戦えば戦うほど、俺の胃に穴が空く。
「……帰ろう。今日はもう寝る」
俺はなけなしの銀貨五十枚を握りしめ、トボトボと宿へ向かった。
勝ったはずなのに、なぜか敗北感しか残らないリベンジマッチだった。
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