第12話 「ジャンク屋の掘り出し物と、食欲変換スコープ」
「予算は銀貨三十枚。これが俺たちの命綱だ」
俺はテーブルに銀貨を積み上げ、重々しく宣言した。
三十枚。日本円にして約三万円。
普通のRPGなら「ひのきの棒」と「布の服」を買って終わりの金額だ。
だが、俺たちはこれで、あの地獄の『さえずりの洞窟』を攻略しなければならない。
「普通の店に行っても、ポーションを数本買って終わりですわね」
ミレーヌが冷めた紅茶を啜りながら現実を突きつける。
「ああ。だからこそ、行く場所は決まっている」
俺はニヤリと笑った。
俺たちのような「欠陥パーティ」には、「欠陥品(ジャンク)」がお似合いだ。
***
「うぇぇ……またここですかぁ……」
「臭いですわね。消毒用アルコールを散布したくなります」
俺たちがやってきたのは、例の「魔女の路地」。
シルヴィは鼻をつまみ、ミレーヌはハンカチで口元を覆って嫌悪感を露わにしている。
だが、俺は躊躇なく馴染みのボロ店『実験失敗作・廃棄処分市』のドアを開けた。
「ようバアさん、また来たぞ! お得意様のお通りだ!」
「ヒヒッ……またアンタかい。性懲りもなく生きてたねぇ」
カウンターの老婆が、濁った目で俺たちを見回す。
そして、ミレーヌを見るなり「ヒッ」と少し顔を引きつらせた。
「……なんだいそのシスターは。聖職者はあたしの店じゃ出禁だよ。浄化されちまう」
「ご安心を。こいつは聖職者の皮を被った守銭奴です。アンタより邪悪かもしれませんよ」
「あら、心外ですわ。私はただ、神の愛を『適正価格』で提供しているだけです」
ミレーヌが聖母の微笑み(目は笑っていない)を向けると、老婆は「気に入った」とばかりに喉を鳴らした。
「で、今日は何の用だい?」
「ダンジョン攻略だ。前回、蜘蛛の大群とトカゲに追われて死にかけた。必要なのは『広範囲の足止め』と……」
俺はチラリとシルヴィを見た。
「このポンコツエルフの『ノーコン』を矯正する道具だ」
「むぅ! ポンコツじゃないです! ちょっと手元が狂うだけです!」
「その『ちょっと』で味方を吹き飛ばしそうになるから困るんだよ!」
老婆はシルヴィをジロジロと観察し、ニヤリと笑った。
「なるほどねぇ。魔力は規格外だが、制御が猿以下。……いいもんがあるよ」
老婆が店の奥からガラクタの山を漁り、埃まみれの道具を持ってきた。
一つは、俺のための道具。
手のひらサイズの素焼きの壺だ。
「『紫煙の壺(スモーク・ポット)』の失敗作さ。本来は優雅な香りを出すアロマポットになるはずだったんだがね、調合をミスして『視界ゼロになるほどの濃霧』と『強烈な催涙効果』が出ちまう。狭い通路で使えば、敵も味方も一分間は何も見えなくなるよ」
「採用。俺のパチンコで敵のど真ん中に撃ち込めばいい」
「五個で銀貨十枚だ」
高いが、背に腹は代えられない。
そして、もう一つ。老婆が取り出したのは、奇妙な形をした片眼鏡(モノクル)だった。
レンズが赤く濁っており、フレームには不気味な血管のような模様が浮き出ている。
「『妄執のモノクル』。呪いのアイテム寸前の代物さ」
「の、呪いですか!? 嫌です、装備したくないです!」
「まあ聞きな。こいつはね、覗いた対象を『使用者が最も欲しているもの』に見せる幻覚作用がある」
「……は?」
俺は首を傾げた。それがどう役に立つんだ?
「アンタの連れのエルフ、四六時中腹を空かせてる顔をしてるねぇ。そんな奴がこれをつけたら、敵がどう見えると思う?」
「……あっ」
俺の中に電流が走った。
シルヴィのいくつもある欠点。そのうちの「戦闘への恐怖」と「集中力のなさ」。
だが、彼女が唯一、神がかった集中力を発揮する瞬間がある。
それは――「飯を食う時」だ。
「シルヴィ、これをつけてみろ」
「えぇー……怖いですぅ……」
「いいから! 晩飯抜きにするぞ!」
脅されて渋々モノクルを装着するシルヴィ。
その瞬間、彼女の表情が劇変した。
トロンとした目つきになり、口元からヨダレが垂れる。
「あ……お肉……」
「おいシルヴィ、俺がどう見える?」
「……熟成された……骨付きハム……」
シルヴィがふらふらと俺に近づき、ガブッと腕に噛みついた。
「痛ってぇぇぇぇ! 食うな! 俺はハムじゃねぇ!」
「はっ!? あ、あれ? ゴウさん? すみません、ゴウさんが凄く美味しそうなハムに見えて……つい」
「……これだ」
俺は確信した。
敵が「ご馳走」に見えれば、この食い意地の張ったエルフは、絶対に狙いを外さない。
恐怖よりも食欲が勝るからだ。
「バアさん、これいくらだ!」
「銀貨二十枚」
「予算オーバーだ! 合わせて三十枚なんだよ! まけろ!」
「ダメだねぇ。これでも破格なんだ」
交渉決裂かと思ったその時、今まで黙っていたミレーヌが一歩前に出た。
「お婆様? 少しよろしいですか?」
「なんだいシスター」
「この店の衛生環境……酷いものですわね。埃、カビ、謎の粘液。これでは保健所が黙っていませんわ」
「……何を言いたいんだい」
「私が管轄の教会に報告すれば、即日立ち入り検査……営業停止処分も免れませんわねぇ。あ、ちなみに私は教会の監査部門に友人がいますの」
ミレーヌは極上の笑顔で、とんでもない脅し文句を吐いた。
老婆の顔色がサッと変わる。
「……汚い真似をする聖女様だこと」
「お褒めに預かり光栄です。――さて、私たち予算が少し厳しいのです。全部まとめて、銀貨十五枚でいかが?」
「半値じゃないか! 殺す気か!」
「あら、営業停止よりはマシでしょう? それに、今後私たちがここを『教会の指定納入業者』として推薦して差し上げてもよろしくてよ?(もちろん嘘ですが)」
飴と鞭。いや、鞭と毒薬のような交渉術。
老婆はしばらく唸っていたが、やがて深いため息をついた。
「……わかったよ。持ってきな。アンタには勝てないねぇ」
「ありがとうございます。神のご加護がありますように」
恐ろしい女だ。
俺はミレーヌを敵に回さないことを心に誓った。
***
こうして俺たちは、銀貨十五枚(残りの十五枚はミレーヌが「交渉手数料」として懐に入れた)で、最強の装備を手に入れた。
宿の裏手で、最終調整を行う。
「いいかシルヴィ。そのモノクルは戦闘中以外は外せ。味方を食い殺しかねないからな」
「はい! でも凄いです、これをつけると世界がビュッフェに見えます!」
「幸せな奴だな……」
試しに俺が空き缶を投げる。
シルヴィがモノクル越しに見る。
「あ、空飛ぶミートボール!」
「撃て!」
「いただきまーす! ファイアボール!」
ドォォォン!!
正確無比。
空中の空き缶が、中心から見事に消し飛んだ。
食欲という欲望に直結した集中力は、恐怖もブレも克服していた。
「完璧だ……これならいける!」
俺は『紫煙の壺』を腰に吊るし、パチンコのゴムを確認した。
さらに余った予算で、ミレーヌ用の「折りたたみ椅子(待機用)」と、俺用の「耳栓(タライ対策)」も購入した。
「準備は整った。明日はリベンジだ」
俺は沈む夕日を見つめ、拳を握った。
蜘蛛ども、トカゲども、首を洗って待ってろよ。
空腹の猛獣と、金の亡者と、タライ使いが相手をしてやる。
「さあ、稼ぐぞ! ダンジョンの素材を全部ひっぺがして、俺たちの装備代にするんだ!」
「お肉食べ放題!」
「治療費のご用命はお早めに」
俺たちの欲望にまみれたリベンジマッチが、今始まろうとしていた。
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