第11話 「地獄の課金システムと、叫ぶ野菜の収穫祭」

「……よし、現状を確認するぞ」


 安宿の食堂のテーブルに、俺は硬貨を並べていた。

 銅貨が数枚と、銀貨が少々。

 これが現在の全財産だ。


「俺たちの目標は『さえずりの洞窟』リベンジだ。だが、今の装備と物資じゃまた敗走する。特にポーション代と、そこの食料タンク(シルヴィ)の燃料費、そして……」


 俺は視線を横に向けた。

 そこには、優雅に紅茶(別料金)を啜るシスター、ミレーヌがいる。


「こいつへの『治療費』の確保だ」

「あら、お気になさらず。ツケでも構いませんわよ? 利子はトイチ(十日で一割)で」

「闇金かよ! 絶対に現金払いにしてやる!」


 俺は頭を抱えた。

 ミレーヌの回復魔法は強力だが、タダではない。

 ダンジョンで深手を負えば、治療費だけで破産する可能性がある。

 つまり、ダンジョンに行く前に、十分な軍資金(という名の保険料)を稼いでおく必要があるのだ。


「というわけで、今日は『稼ぎ』に特化した依頼を受ける。戦闘は極力避ける。怪我をしたら金がかかるからな」

「賛成です! 私、安全なのがいいです!」

「ふふっ、怪我を恐れていては大きな富は掴めませんわよ?」


 三者三様の意見を無視し、俺はギルドから持ってきた一枚の依頼書を叩きつけた。


『求む:マンドラゴラの引き抜き。一本につき銀貨二枚』


「マンドラゴラ……あの、引っこ抜くと叫び声を上げて、聞いた人を気絶させるっていう魔植物ですか?」

「そうだ。危険度は低いが、とにかくうるさいし、気絶したらその隙に魔物に襲われるリスクがあるから敬遠されてる」

「そんなの無理ですよぉ! 私、大きな音苦手ですし……」

「安心しろ。俺たちには『音』の専門家と、『防御』の専門家がいる」


 俺はニヤリと笑った。


 ***


 街から少し離れた湿地帯。

 そこは、奇妙な形をした葉っぱが無数に生えているマンドラゴラの群生地だった。


「いいか、作戦開始だ。ミレーヌ、頼むぞ」

「はいはい。では、『防音結界(サイレント・フィールド)』……展開」


 ミレーヌが杖を振ると、俺たちの周囲に薄い膜のようなものが張られた。

 周囲の風の音や鳥の声がフッと消える。

 完全防音エリアの完成だ。


「すごいです! これならマンドラゴラの叫び声も聞こえません!」

「ああ。これなら安全に引き抜ける。……で、ミレーヌさん? この結界のお値段は?」

「一分につき銀貨一枚です」

「高けぇよ!! タクシーの深夜料金か!」


 俺は叫んだ(結界内なので外には漏れない)。

 一分銀貨一枚。

 つまり、一本のマンドラゴラ(報酬銀貨二枚)を抜くのに二分以上かけたら赤字だ。

 時間との勝負だ。RTA(リアルタイムアタック)だ!


「シルヴィ、お前は絶対手を出すなよ! 魔法でマンドラゴラを黒焦げにしたら商品価値ゼロだ!」

「は、はいっ! 応援してます!」

「行くぞオラァ!」


 俺は農家のおっさんのような手際で、目の前のマンドラゴラの茎を掴んだ。

 一気に引き抜く!


 スポンッ!


『ギョエェェェェェェェ!!』


 土の中から現れた、醜悪な顔をした根っこが断末魔のような悲鳴を上げた。

 だが、ミレーヌの結界のおかげで、俺たちの耳には「……」という無音しか届かない。

 マンドラゴラは必死に叫んでいるが、俺たちがノーリアクションなので困惑した顔をしている。


「よし、一丁上がり! 次!」


 俺は麻袋にマンドラゴラを放り込み、次へと向かう。

 スポンッ! 無音! 回収!

 スポンッ! 無音! 回収!

 順調だ。これなら一時間で三十本はいける。


「ゴウさん、頑張れー!」

「応援はいいから袋を縛れ! ……っと、こいつは根が深いな」


 十本目に差し掛かった時だ。

 俺が掴んだマンドラゴラは、地面に根を張ってなかなか抜けない。

 古株の「キング・マンドラゴラ」だ。


「くっ、抜けねぇ……! おいシルヴィ、手伝え!」

「はいっ! うーん、しょ!」


 二人掛かりで茎を引っ張る。

 ミレーヌは涼しい顔で腕時計(砂時計)を見ている。


「あと三十秒で延長料金発生ですわよ」

「鬼かアンタは! くそっ、抜けないなら……こうだ!」


 俺は片手を離し、指パッチンをした。

 必中スキル発動。


 ――【金ダライ召喚】!


 カァァァァァァン!!


 土の中に埋まっているマンドラゴラの頭上に、タライが直撃した。

 『埋まりながら頭を叩かれる』という理不尽な攻撃を受けたマンドラゴラは、脳震盪を起こしたのか、抵抗する力がフッと抜けた。


「今だ!」


 スポポポポーン!!


 勢い余って俺とシルヴィは尻餅をついたが、手には巨大なマンドラゴラが握られていた。


「ハァ……ハァ……やったぞ……」

「お見事です。ちょうど一分ですね」

「危ねぇ……!」


 俺たちは汗だくになりながら、湿地帯のマンドラゴラを乱獲し続けた。

 途中、シルヴィが空腹で倒れそうになったり、俺が泥に足を取られて転んだりしたが、ミレーヌの冷徹なタイムキーパーぶりのおかげで、なんとか一時間集中して作業を終えた。


 ***


 夕暮れ時のギルド。

 換金所カウンターには、山のようなマンドラゴラが積み上げられていた。


「すごい数だな……全部で五十本。銀貨百枚(金貨一枚)だ」

「しゃっしゃあ! 大金だ!」


 俺はズシリと重い金袋を受け取り、ガッツポーズをした。

 金貨一枚あれば、そこそこの装備も買えるし、ポーションも揃えられる。

 リベンジの準備は整った――はずだった。


「では、精算のお時間ですわね」


 背後から、死神のような声がした。

 振り返ると、ミレーヌが電卓(魔道具)を叩いている。


「本日の稼働時間、一時間。防音結界の維持費として銀貨六十枚。さらに、ゴウさんが泥で汚した私の法衣のクリーニング代として銀貨五枚。シルヴィさんの空腹防止用の携帯食料(特製)代として銀貨五枚……」

「待て待て待て! 維持費高すぎだろ! 六割持ってくのかよ!」

「当然です。私の高度な結界魔法がなければ、貴方たち今頃全員気絶して野垂れ死んでいましたよ? 命の値段がお安いこと」


 ミレーヌはニッコリと微笑み、俺の金袋からジャラジャラと銀貨を抜き取っていった。

 残ったのは……銀貨三十枚。


「……あんなに働いたのに……」

「うぅ……私の分のお肉代が……」

「でも、これで銀貨三十枚は純利益です。私が加入する前より、効率は上がっているのではなくて?」


 悔しいが、その通りだ。

 今までなら危険すぎて手が出せなかった依頼も、ミレーヌがいればクリアできる。

 経費はバカ高いが、確実なリターンはある。

 これが「パーティを組む」ということか……(なんか違う気もするが)。


「チッ、わーったよ。これだけありゃ、最低限の準備はできる」


 俺は残った銀貨三十枚を握りしめた。

 前回の失敗は、装備不足と準備不足。

 今回はこの金を全額投資して、万全の体制を整えてやる。


「明日は買い物だ。ダンジョン攻略用の『秘密兵器』を買いに行くぞ」

「秘密兵器ですか? また変なお店に行くんですか?」

「ああ。毒を持って毒を制す。俺たちらしい戦い方をするための道具だ」


 俺の目は死んでいなかった。

 課金ヒーラーに搾取されようとも、ポンコツエルフに飯をたかられようとも、俺は絶対に諦めない。

 金貨一枚稼いで銀貨七十枚取られるなら、次は金貨十枚稼げばいいだけの話だ!


「見てろよミレーヌ。いつかアンタが『これ以上お代は結構です』って泣いてすがるくらい稼いでやるからな!」

「ふふっ、楽しみにしていますわ、オーナー(金ヅル)様」


 こうして、俺たちの奇妙な共同生活と冒険資金稼ぎは、一応の成果(と多額の経費)を生み出したのだった。

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