第10話 「癒やしと救いは有料(別料金)です」
「――求む、回復職または前衛職。報酬は完全歩合制。アットホームな職場です」
冒険者ギルドの酒場『金獅子の剣』。
俺はその一角で、手書きのビラを持って声を張り上げていた。
しかし、反応は冷ややかだ。
「おい見ろよ、あの『タライ使い』だぜ」
「隣の姉ちゃんは美人だが、一瞬でガス欠になるポンコツだろ?」
「Fランクのパーティなんぞ入ったら共倒れだ。御免だね」
冒険者たちは遠巻きに俺たちを見てヒソヒソと笑っている。
クソッ、噂が広まるのが早すぎる。おい誰だ今、「一発屋のタライ」なんて呼んだやつ。
「ゴウさん、全然来ませんね。もう一時間も経ちましたよ」
「黙ってろ。こういうのは粘り強さが大事なんだ」
とはいえ、焦りはある。
まともな冒険者は俺たちを避ける。なら、まともじゃない奴を狙うしかないか……と考えていた時だった。
「あら、お困りのようですわね?」
鈴を転がすような、穏やかで慈愛に満ちた声が降ってきた。
顔を上げると、そこには一人のシスターが立っていた。
純白の法衣に身を包み、胸元には大きな黄金の聖印。
長い銀髪を緩やかに編み込み、その瞳は聖母のように優しく俺たちを見つめている。
まさに「聖女」という言葉が服を着て歩いているようだ。
「迷える子羊たちよ。貴方たちの悲痛な叫びが、私の魂(ソウル)に届きました」
「あ、あんたは……?」
「私はミレーヌ。しがない旅の神官(プリースト)です。もしよろしければ、貴方たちの冒険に、神の加護を添えさせていただけませんか?」
キターーーッ!
回復職! しかも超絶美人のシスター!
ラノベならメインヒロイン確定の逸材だ。
シルヴィが「むぅ」と頬を膨らませてライバル視しているが無視だ。
「ぜひ! ぜひお願いします! 俺たちはちょうどヒーラーを探してて……!」
「ええ、知っています。貴方たちの噂はかねがね。……ふふっ、怪我も多いようですし、大変でしょう?」
ミレーヌは俺の腕にある、昨日のダンジョンで負ったひっかき傷(まだ治りきっていない)にそっと手を触れた。
「痛むでしょう? 癒やして差し上げましょうか?」
「えっ、いいんですか? いやー、やっぱり聖職者様は慈悲深いなぁ!」
「はい、慈悲こそが我が神の教え。……では、ヒール(小)」
彼女の手が淡く光る。
じんわりとした温かさが広がり、俺の腕の傷がみるみる塞がっていった。
すげえ。本物だ。シルヴィとは大違いの安定感だ。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「いいえ、お礼には及びませんわ。……では」
ミレーヌはニッコリと微笑み、俺の目の前にスッ、と右手を差し出した。
その掌(てのひら)が、クイクイと動く。
「……はい?」
「治療費です。『ヒール(小)』一回につき、銀貨二枚になります」
俺の思考が停止した。
銀貨二枚?
ポーション一本買える値段だぞ? それを、このちょっとした傷の治療で?
「あ、あの……ミレーヌさん? 今、お礼には及ばないって……」
「ええ、『言葉での』お礼には及びません。必要なのは、神への感謝を示す『物理的な形』……すなわち寄付金(マネー)です」
ミレーヌの背後に見えていた後光が、急に金色のコインの光に見えてきた。
聖母のような微笑みはそのままに、彼女の目は全く笑っていない。
「ちょ、高くないっすか!? 相場より高いですよ!」
「あら? 私のヒールは高純度・高品質。傷跡も残りませんし、美肌効果も付与しています。ブランド料込みとお考えください」
「ブランド料!?」
「払えないのですか? ……困りましたねぇ。神罰が下るかもしれませんよ? 例えば、治った傷が化膿するとか」
「脅迫じゃねーか!」
俺は泣く泣く財布から銀貨二枚を取り出し、彼女の掌に乗せた。
チャリン、という音と共に、彼女の掌が素早く閉じる。
「まいどあり……コホン。神の祝福があらんことを」
「……アンタ、もしかしてアレか? 金に汚いタイプか?」
「人聞きが悪いですわね。私は神に仕える身として、教会の維持費と、私自身の清貧な生活(という名の美容代とスイーツ代)を稼ぐ必要があるだけです」
開き直りやがった。
清貧って言葉の意味知ってるか?
「それで? パーティ加入のお話でしたわね」
ミレーヌは懐から羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。
そこには『雇用契約書』と書かれている。
「これが私の料金表です」
「料金表……?」
ヒール(小):銀貨二枚
ヒール(中):銀貨五枚
キュア(解毒):銀貨三枚
プロテクション(防御バフ):効果時間一分につき銀貨一枚
蘇生魔法(リザレクション):金貨十枚+成功報酬
※休日出勤・深夜戦闘は2割増し
「ふざけんなぁぁぁぁ! これじゃ稼ぎが全部アンタに吸い取られるだろ!」
「あら、命の値段とお金、どちらが大事ですか? 貴方たち、昨日死にかけたのでしょう?」
ぐうの音も出ない。
確かに、回復役がいれば昨日のような惨状は防げる。
しかし、これでは回復するたびに俺の精神(財布)がダメージを受ける。
「ゴウさん、やめましょう。この女の人、目が怖いです。私とお肉を取り合う強敵の気配がします」
「お黙りなさい、貧乳エルフ。貴女のような燃費の悪い火力馬鹿には、私のMP譲渡(マナ・トランスファー)が必要不可欠でしょう? ちなみにMP譲渡は10ポイントにつき銀貨一枚です」
「うぎゃあああ! 足元見てくるぅぅ!」
シルヴィが悲鳴を上げる。
完璧だ。
こいつは、俺たちの弱点を完璧に理解し、そこを商品にしている。
性格は最悪だ。俺と同類か、それ以上のゲスさを感じる。
だが――実力は確かだ。
俺は震える手で契約書を睨んだ。
ここで断れば、また死にかける日々だ。
雇えば、金は減るが命は助かる。
「……わかった。交渉だ」
「あら?」
「基本給は無し! その代わり、クエスト成功報酬の配分はアンタを多めにする! その代わり、戦闘中の回復料金は半額にまけろ! あと『出世払い』を認めろ!」
「……ふふっ、出世払い、ですか」
ミレーヌは面白そうに口元を歪めた。
「いいでしょう。貴方には『金運』の相が出ていますからね。将来性を見込んで、特別プランで契約して差し上げます」
「くっ……恩に着るぜ……!」
こうして、俺たちのパーティに新しい仲間が加わった。
神官ミレーヌ。
慈愛の微笑みで傷を癒やし、悪魔のような契約書で金を巻き上げる、守銭奴ヒーラー。
「さあ、行きましょう! ガンガン戦って、ガンガン傷ついてくださいね! 私が骨の髄まで搾り取って……いえ、癒やして差し上げますから!」
俺は天を仰いだ。
タライ使い、一発屋エルフ、課金制ヒーラー。
……まともな奴は一人もいないのか、この世界は。
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