第9話 「調子に乗ってダンジョンへ、そして無様に逃げ帰る」
「行ける。今の俺たちなら行ける」
宿の食堂で、俺はテーブルに地図を広げて力説していた。
俺の目は、まだ見ぬ財宝への欲望でギラギラと輝いている。
「ゴウさん、目がコインの形になってますよ」
「うるさい。見ろシルヴィ、俺たちの戦力は充実した。新兵器『パチンコ』による遠距離デバフ、必中の『金タライ』、そしてお前の魔法だ」
「はい! 任せてください! 朝ごはんも食べたので魔力は満タンです!」
「よし! 森で小銭を稼ぐ段階は終わった。男ならデカい山を当ててなんぼだろ!」
俺が指差したのは、街の近郊にある初心者向けダンジョン『さえずりの洞窟』。
内部は入り組んだ迷路になっており、最奥にはレアな鉱石が採掘できるポイントがあるらしい。
「ダンジョン……響きは素敵ですけど、大丈夫ですか? 洞窟の中って暗くてジメジメしてて、お化けとか出ませんか?」
「出るわけねぇだろ。出るのはコウモリと、せいぜい巨大モグラくらいだ。俺のパチンコと、お前の魔法があればイチコロよ」
俺は完全に調子に乗っていた。
路地裏での勝利、森での狩りの成功。それらが俺の「自分は弱い」という前提を忘れさせ、万能感を与えてしまっていたのだ。
***
『さえずりの洞窟』入り口。
俺たちは意気揚々と足を踏み入れた。
「よし、陣形を確認するぞ。俺が後衛、お前が前衛だ」
「ええっ!? 私が前ですか!? 魔法使いなんですけど!」
「俺は司令塔だからな。全体を見渡せる位置にいないと困るんだよ。ほら、その杖で索敵しろ」
「うぅ……理不尽です……」
そんな無茶苦茶な陣形で、俺たちは進んでいった。
序盤は順調だった。
現れるジャイアントバット(巨大コウモリ)に対し、シルヴィが火球を放つ。
「えいっ!」
ドォォォン!!
凄まじい爆発音と共に、コウモリが一匹消し飛んだ。
いや、コウモリだけじゃない。洞窟の壁まで抉り取っている。
「バカ! 威力強すぎだ! 生き埋めになるぞ!」
「す、すみません! 杖を変えてから出力調整が難しくて……!」
「もっと『チョン』と撃てないのか、『チョン』と!」
「やってるつもりなんですけど、ドカンといっちゃうんですぅ!」
どうやらこのエルフ、魔力量は凄まじいが、細かいコントロール(魔力操作)が絶望的に下手くそらしい。
小さな敵一匹に、ドラゴン級の魔力を込めて撃っている。これじゃあ燃費が悪いはずだ。
それでも何とか進み、俺たちは地下二階層に降りた。
そこで異変が起きた。
「……なんか、音が変じゃないか?」
俺が呟いた直後、前方から「カサカサカサカサ……」という、生理的嫌悪感を催す音が聞こえてきた。
松明の光を向ける。
そこには、床を埋め尽くすほどの黒い影があった。
ケーブ・スパイダー(洞窟蜘蛛)。体長五十センチほどの蜘蛛が、群れをなして迫ってきている。その数、三十匹以上。
「ヒィィッ! 蜘蛛! 蜘蛛ですゴウさん!」
「騒ぐな! ここでこそお前の範囲魔法の出番だ! 焼き払え!」
俺はパチンコを構えつつ指示を出す。
シルヴィが杖を掲げる。
「は、はいっ! 燃え尽きてください! ファイアストーム!」
ゴウッ!!
激しい炎の渦が発生した。
だが、狙いが甘い。蜘蛛の群れの中心ではなく、少し手前の地面に着弾した。
数匹は巻き込まれて燃えたが、残りの二十匹以上が炎を避けて散開し、壁や天井を伝って迫ってくる。
「外した!? あの距離で!?」
「だ、だって蜘蛛が早くて……! もう一回! えいっ、やあっ!」
シルヴィは半泣きになりながら、次々と魔法を放つ。
ドカン! ズドン!
壁が崩れ、天井が焦げる。しかし、肝心の蜘蛛には当たらない。
無駄撃ちだ。焦りと恐怖で完全にパニックになっている。
「くっ、俺が足止めする! 『粘着スライム』!」
俺はパチンコでスライム液をばら撒く。
だが、多勢に無勢。蜘蛛たちは仲間の死体を踏み台にして突っ込んでくる。
このままじゃ押し切られる。俺は切り札を切った。
「まとめて潰れろ!」
――【金ダライ召喚】!
カァァァァァァン!!
狭い通路に、タライの金属音が爆音となって轟いた。
キィィィィン! と耳鳴りがするほどの音量。
その瞬間、洞窟全体が揺れた気がした。
「あだっ!? 耳が!」
「ゴウさん、うるさいです! それに……なんかお腹空いてきました……」
「はあ!? さっき食ったばっかだろ!」
「無駄撃ちしすぎて……ガス欠ですぅ……指一本動きません……」
シルヴィがガクリと膝をつく。
最悪だ。こいつ、このタイミングでエネルギー切れかよ!
さらに悪いことに、タライの爆音に刺激され、天井からボタボタと何かが落ちてきた。
「キシャーッ!」
眠っていたロックリザード(岩トカゲ)たちだ。
俺のタライが、全館放送で「餌の時間だぞ!」と知らせてしまったらしい。
「う、嘘だろ……? 四面楚歌じゃねーか!」
「ゴウさん……お腹すいた……パン……」
「今言ってる場合か!」
前方は蜘蛛。後方はトカゲ。真ん中にガス欠エルフ。
詰んだ。
火力はあるのに当たらない。当たらないままガス欠。
俺のデバフも数が多すぎて処理しきれない。
「……逃げるぞ!」
「へ? あるけましぇん……」
「チッ! この穀潰しが!」
俺はなけなしの「目潰しペッパー」の袋を破り、周囲にばら撒いた。
粉塵で視界を奪っている隙に、俺はシルヴィを米俵のように担ぎ上げた。
重い! 見た目は軽そうなのに、こいつの体重どうなってんだ!
「落ちるなよ、しっかり捕まってろ!」
「パン……お肉……」
俺はスライディングでトカゲの股下を抜け、死に物狂いで走った。
蜘蛛の糸が絡みつく。トカゲの牙がマントを裂く。
新しい革鎧がガリガリと削られる音がする。
「畜生ぉぉぉ! 覚えてろよ! 次に来た時はバルサン焚いてやるからな!」
俺たちは泥と蜘蛛の巣まみれになりながら、這う這うの体で出口へと転がり出た。
***
一時間後。
俺たちは洞窟の外の草むらで、死体のように伸びていた。
全身傷だらけ。服はボロボロ。財布の中身(ポーション代)は大赤字。
「……調子に乗ってたな、俺」
俺は空を見上げて呟いた。
認めざるを得ない。
俺の小細工も、シルヴィの超火力も、噛み合わなければただのゴミだ。
シルヴィは強力な砲台だが、照準装置が壊れていて、しかもすぐに弾切れする。
俺は小回りは利くが、敵を抑え込むパワーがない。
「ゴウさん……ごめんなさい……魔法、当たりませんでした……」
「……お前がノーコンなのはわかった。だが、それ以前の問題だ」
俺は起き上がり、拳を握りしめた。
「俺たちが魔法を撃ったり、タライを落としたりしてる間、敵を食い止める奴がいねぇ」
「食い止める、ですか?」
「ああ。俺たちの前に立って、攻撃を受け止めてくれる『壁(タンク)』。そして、俺たちが傷ついた時に治してくれる『回復(ヒーラー)』だ」
今のままじゃ、雑魚の群れ一つで全滅だ。
安定して稼ぐには、パーティの穴を埋める人材が必要だ。
「仲間を探すぞ、シルヴィ」
「仲間……またご飯が減りますね」
「食い物の心配より命の心配をしろ! ……とにかく、街に戻って求人だ。多少クセがあってもいい。使える奴を探すぞ」
俺たちはボロボロの体を引きずりながら、街へと戻っていった。
敗走の悔しさを、次なる飛躍へのバネに変えて。
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