第6話 「装備を整えよう、ただし予算はカツカツで」
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
「……うるせぇ……」
俺は最高の目覚めを迎えるはずだった。
金貨を稼ぎ、個室を取り、ふかふかのベッドで泥のように眠った翌朝。
小鳥のさえずりで目覚める予定が、ドアを殴りつける暴力的な音で叩き起こされた。
「誰だオラァ! 借金取りなら帰れ! 俺はまだ何も借りてねぇぞ!」
俺は枕元に置いていた金ダライ(護身用)を構えてドアを開けた。
そこに立っていたのは、恨めしそうな顔をしたシルヴィだった。
「……ゴウさん、朝です。太陽が真上に来てます」
「なんだお前かよ。ビビらせんじゃねぇ。まだ寝かせろ」
「お腹が空きました。もう限界です。胃袋が背骨を消化し始めてます」
「だから物理的にありえねぇっつってんだろ! この食い尽くし系エルフ!」
結局、俺の安眠はここで終了した。
一階の食堂で、シルヴィに一番安いオートミールを山盛り食わせながら、俺は今後の計画を練ることにした。
「いいかシルヴィ。昨日は稼いだが、宿代と飯代で既に二割は消えた」
「世知辛いですね……」
「そこでだ。今日は装備を整える。いつまでも布の服と錆びたナイフじゃ、いつ死ぬかわからん」
「賛成です! 私、可愛いローブと、魔力を増幅するミスリルの杖が欲しいです!」
「却下だ。予算内で買える『死なないための最低限の装備』を揃える。おしゃれは二の次だ」
俺たちは宿を出て、街の職人通りへと向かった。
鍛冶屋の鎚音、革をなめす匂い。ファンタジーRPGならワクワクする光景だが、現実の俺にとっては「値切り交渉」という戦場の入り口だ。
「ここだな。『ドワーフの頑固鉄火場』……入りにくそうな名前だな」
看板には筋肉隆々のドワーフの絵が描かれている。
店に入ると、熱気とともに髭面の頑固親父が出迎えた。
「いらっしゃい! 冷やかしなら火傷する前に帰りな!」
「へへっ、冒険者になりたてでしてね。安くて丈夫な防具を探してるんですが」
俺は揉み手で近づいた。
親父は俺の貧相な体格と、シルヴィの高級そうな(だが薄汚れた)ローブをジロリと見た。
「アンタら、ちぐはぐなコンビだな。……ま、予算は?」
「銀貨十枚まで」
「シケてんなぁ。新品の革鎧一着で終わりだぞ」
「そこをなんとか! 中古でも傷モノでもいいんで!」
粘り強い交渉(という名の泣き落とし)の末、俺たちは店の奥にある「処分品コーナー」を漁ることを許された。
そこには、前の持ち主の血痕がうっすら残っていそうな鎧や、欠けた剣が無造作に積まれていた。
「うぅ……ゴウさん、これ呪われてませんか? なんか怨念を感じるんですけど」
「気にするな。塩まいときゃ大丈夫だ。それより見ろ、掘り出し物だ」
俺が引っ張り出したのは、胸当て部分が少し凹んだ革鎧(ハードレザーアーマー)と、木製の小盾(バックラー)だ。
革鎧はサイズが少し大きいが、ベルトで締めればなんとかなる。防御力は布の服よりはマシだ。
そして小盾。これは重要だ。
俺のタライは攻撃にも使えるが、防御には心許ない。盾があれば、タライを落として怯ませている間に身を守れる。
「親父さん、これセットで銀貨五枚! どうだ!」
「……持ってけドロボウ。その代わり返品不可だぞ」
商談成立。俺は早速その場で革鎧を装着した。
うん、少しカビ臭いが、冒険者っぽくはなった。
「次は私の番ですね! 杖! 杖が欲しいです!」
シルヴィが目を輝かせて杖のコーナーへ走る。
しかし、まともな魔導杖は高い。銀貨三十枚は下らない。
シルヴィが欲しそうに撫でているのは、先端に赤い宝石がついた美しい杖だ。
「ゴウさん、これ……」
「無理。絶対無理。全財産叩いても足りない」
「うぅ……でも、杖がないと魔法の照準が定まらないんです……」
燃費が悪いうえにノーコンなのかよ。
仕方なく、俺は処分品コーナーの樽に刺さっていた、一本の棒を手に取った。
曲がった木の枝に、安っぽいガラス玉が嵌め込まれた杖だ。
「これなら銀貨三枚だ」
「ええー……なんか、おじいちゃんの散歩用の杖みたいです……」
「贅沢言うな。機能すればいいんだよ。ほら、持ってみろ」
シルヴィは渋々といった様子で杖を受け取る。
すると、先端のガラス玉がボゥッと微かに光った。
「あ、魔力伝導率は悪くないです。見た目はダサいですけど」
「よし、採用」
さらに、俺は自分の武器として、投げナイフセット(五本入り)と、丈夫なロープを購入した。
タライは遠距離攻撃ができるが、連射が利かない。その隙を埋めるサブウェポンだ。
錆びたナイフは……まあ、果物ナイフとして取っておこう。
「締めて銀貨十枚! まいど!」
店を出た俺たちの懐は、またしても寂しくなっていた。
昨日の稼ぎの半分が消えた。
だが、俺の革鎧姿と、杖を持ったシルヴィの姿は、昨日までの「浮浪者コンビ」よりは幾分マシに見える。
「どうだシルヴィ。これで俺たちも立派な冒険者パーティに見えるだろ」
「そうですね。ゴウさんは『下っ端の山賊』で、私は『山賊に捕まった村娘』に見えます」
「誰が山賊だ! ……ま、否定はしねぇけど」
俺は新しい革鎧の胸を叩いた。
防御力アップ。攻撃手段の増加。
着実に、一歩ずつ進んでいる。
邪神討伐なんて遠い夢だが、明日の飯を食うための準備は整った。
「よし、金も減っちまったし、早速稼ぎに行くぞ!」
「えぇー、またですか? 少しは街でゆっくりしましょうよぉ」
「働かざる者食うべからずだ。行くぞ、今日は薬草採取と、ついでに森の浅いところで小物を狩る!」
俺はブーブー文句を言うシルヴィを引き連れて、再び街の門をくぐった。
英雄への道は遠い。
今はただ、今日を生き抜くための小銭稼ぎ(とタライ落とし)に精を出すしかないのだ。
そんな俺たちの背後で、街の雑踏に紛れた怪しい人影がこちらを注視していることになど、気づくはずもなかった。
「……見つけたぞ、例の『タライ使い』……」
そいつは低く呟くと、人混みの中へと消えていった。
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