第5話 「音速のウサギ狩りと、因縁をつけてくる噛ませ犬」

「金だ。金が必要だ。それも今すぐに」


 冒険者ギルドのクエストボード前で、俺は血走った目で呟いた。

 昨夜の悪夢(シルヴィの寝相)がフラッシュバックする。

 あんな夜をもう一度過ごしてみろ。俺のHPはゼロになり、異世界生活三日目で過労死エンドだ。

 個室。ふかふかのベッド。そして何より、隣に怪獣がいない静寂。

 それを手に入れるためには、銀貨五枚(約五万円)は稼がなくてはならない。


「ゴウさん、目が怖いです。魔王みたいな顔になってますよ」

「誰のせいだと思ってんだ。……おい、これだ」


 俺が指差したのは、一枚の依頼書。

 『求む:ホーンラビットの角。一本につき銀貨一枚』。

 ホーンラビット。額に一本の角が生えたウサギ型モンスターだ。

 攻撃力は大したことないが、とにかく逃げ足が速いことで有名らしい。


「ええっ? ホーンラビットですか? あれ、すばしっこくて魔法でも当てるのが難しいんですよ?」

「だからいいんだよ。他の奴らが敬遠する依頼こそ、俺たちの狙い目だ」


 俺が依頼書を剥ぎ取ろうとした、その時だ。


「おいおい、Fランクの雑魚が何を見てやがる?」


 背後から、ニタニタした笑い声が降ってきた。

 振り返ると、そこにはいかにも「俺、中堅です」という顔をした、革鎧の男たちが立っていた。

 三人組。リーダー格の男は、腰に立派な剣を差している。


「ホーンラビットだぁ? やめとけやめとけ。お前らみたいな『おままごとパーティ』じゃ、ウサギの尻尾も拝めねぇよ」

「ギャハハ! 昨日のステータス3だろ? ウサギに蹴られて死ぬんじゃねぇか?」


 テンプレだ。

 教科書通りの「新人いびりモブ」だ。

 本来ならここで主人公が隠された実力を見せて黙らせるのがお約束だが、残念ながら俺の実力は本当に「3」である。


「へへっ、先輩方のおっしゃる通りで。いやー、つい魔が差しまして。身の程を知れって話ですよねぇ」


 俺は即座に媚びへつらいモードに入った。

 揉め事は御免だ。特に勝てない相手とは。


「ちっ、張り合いのねぇ奴だ。おいエルフの姉ちゃん、こんな弱虫は見限って俺たちのパーティに入りなよ。稼ぎはいいぜ?」

「お断りします」

「あ?」


 シルヴィが即答した。

 おお、見直したぞシルヴィ。お前、意外と義理堅いところがあるんだな。


「だって貴方たち、汗臭いですもの。ゴウさんはヘドロの臭いがしますけど、お風呂に入ればマシになりますから」

「…………」


 こいつ、無自覚に全方位に喧嘩を売りやがった。

 男たちの額に青筋が浮かぶ。

 俺は慌ててシルヴィの頭を掴んで深々と下げさせた。


「すいません! こいつ田舎者で鼻が利かないんです! ほら行くぞ!」

「あだだだだ! ゴウさん、頭が取れます!」


 俺たちは逃げるようにギルドを飛び出した。

 背後から「今度会ったら泣かすぞ!」という捨て台詞が聞こえたが、無視だ無視。


 ***


 街の外、草原地帯。

 ここは初心者向けの狩場だが、ホーンラビットのようなすばしっこい獲物は、熟練者でも捕まえるのに苦労する。


「いたぞ。あそこだ」


 草むらの陰に、長い耳が見えた。

 ホーンラビットだ。警戒心が強く、常に周囲を伺っている。


「どうするんですか? 近づいたらすぐに逃げられますよ?」

「俺のスキルを忘れたか?」

「えっ? タライですか? でも、あんなに速いウサギに当たるわけが……」

「見てろ」


 俺は草むらに伏せたまま、右手をかざした。

 ターゲットロック、ホーンラビット。

 俺の【金ダライ召喚】の最大の特徴、それは――『対象の頭上3メートルに必中で出現する』ことだ。

 相手が止まっていようが、音速で動いていようが関係ない。

 「座標指定」ではなく「対象指定」なのだ。

 つまり、発動した瞬間、タライは奴の頭上に確定する。


「落ちろ」


 ――スキル発動。


 カァァァァァァァン!!


 乾いた金属音が草原に響いた。

 次の瞬間、ホーンラビットは白目を剥いてひっくり返っていた。

 脳天直撃。一撃必殺(威力は低いが、ウサギなら十分)。


「す、すごいです! 動き出す前に当たった!」

「へっ、チョロいもんだぜ」


 俺は倒れたウサギを回収し、ナイフで角を切り取った。

 これで銀貨一枚。

 笑いが止まらない。入れ食いだ。


「次行くぞ! 今日は乱獲だ!」

「はいっ! お夕飯はお肉ですね!」


 そこからは、まさに作業ゲーだった。

 見つける→タライ落とす→回収。

 俺のスキルはクールタイムが五秒と短いため、次々と狩れる。

 一時間もしないうちに、袋の中には二十本近い角が溜まっていた。


「二十本……銀貨二十枚……! 個室どころか、豪遊できるぞ!」

「ゴウさん、よだれが出てます」


 ホクホク顔で帰路につこうとした時だ。

 遠くから、聞き覚えのある怒号と悲鳴が聞こえてきた。


「くそっ、なんだこの数は!」

「囲まれた! リーダー、魔法使いがやられた!」


 見ると、今朝ギルドで俺たちに絡んできた三人組が、十匹近い「キラービー(巨大蜂)」の群れに襲われていた。

 キラービーはFランクには荷が重い。しかも空を飛んでいるため、剣士主体の彼らには相性が最悪だ。


「あ、さっきの人たちです。助けますか?」

「馬鹿言え。関わったらロクなことにならねぇ。放置だ放置」


 俺は踵を返そうとした。

 が、リーダー格の男が腰にぶら下げているジャラジャラした金袋が目に入った。

 ……待てよ?

 あいつらを助けて「恩」を売れば、謝礼がもらえるんじゃないか?

 あるいは、このまま見殺しにして死体を漁るという手も……いや、それは流石に寝覚めが悪いか。


「……チッ。仕方ねぇな」


 俺は舌打ちをして、キラービーの群れに向き直った。


「ゴウさん、やる気ですか!? 男らしいです!」

「勘違いすんな。恩を売って金を巻き上げるんだよ」

「ブレないですねぇ……」


 俺は射程距離ギリギリまで近づいた。

 相手は空を飛んでいる。剣は届かない。弓もない。

 だが、俺には対空最強兵器がある。


「おいシルヴィ、耳を塞げ!」

「へ?」

「いいから塞げ!」


 俺は両手で耳を塞ぎ、スキルを発動した。

 ターゲットは、蜂の群れの中心にいる一匹。

 

 ――【金ダライ召喚】!


 カァァァァァァン!!


 空中でタライが蜂に激突する。

 だが、狙いはダメージではない。

 「音」だ。

 森の中でゴブリンの時も、ウルフの時も実証済みだ。

 真鍮製のタライが奏でる高周波の金属音は、聴覚や触覚に敏感な昆虫型モンスターにとって、最悪のハウリング攻撃となる!


『ブジジジジッ!?』


 キラービーたちが一斉に飛行バランスを崩した。

 空中でよろめき、同士討ちを始める。


「な、なんだ!?」

「今だ! 逃げろ馬鹿ども!」


 俺は草陰から叫んだ。

 三人組は突然の隙を見逃さず、ほうほうの体で逃げ出した。


 ***


 数分後、安全圏まで逃げた三人組に、俺たちは追いついた。

 彼らは肩で息をしながら、俺を呆然と見ている。


「お、お前……さっきのは……」

「いやー、危ないところでしたね先輩方。たまたま俺の『音響魔法』が炸裂しまして」


 俺は恩着せがましく言った。

 リーダーの男はバツが悪そうに顔を歪めたが、やがて観念したように頭を下げた。


「……悪かった。助かったよ。Fランクだと馬鹿にしてすまなかった」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。……で?」

「え?」

「いやだから、命の恩人に対して、言葉だけってことはないですよね? ね?」


 俺は右手の親指と人差指をこすり合わせた。

 世界共通、現金のハンドサインだ。

 男は引きつった顔で、腰の金袋から銀貨を五枚取り出し、俺の手に握らせた。


「……これで勘弁してくれ」

「まいどありー! いやー、先輩は話がわかるなぁ!」


 俺は満面の笑みで銀貨を受け取った。

 ホーンラビットの稼ぎと合わせて、今日の収益は銀貨二十五枚。大金だ。


「ゴウさん、すごいです! 人助けをして、お金ももらうなんて!」

「これが大人の交渉術だ。覚えとけ」


 俺たちは意気揚々とギルドへ戻り、角を換金した。

 そしてその夜。

 俺はついに手に入れたのだ。

 鍵付きの個室。ふかふかのベッド。そして一人だけの安らぎを。


「……最高だ」


 隣の部屋からは、壁越しにシルヴィの「ぐーすかぴー」という豪快ないびきが聞こえてくるが、これくらいなら許容範囲だ。

 俺は枕に顔を埋め、泥のように眠った。

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