第7話 「衝撃の愛好家と、森に響くシンフォニー」
「……で、アンタが俺をつけ回してたストーカーってわけか?」
森の入り口付近。
俺は新調したばかりの革鎧の胸当てを叩きながら、目の前の人物を睨みつけた。
木陰から現れたのは、身長一メートルほどの小柄な男だった。
大きな丸眼鏡に、ボサボサの白髪。背中には自分の体ほどもある大きなリュックを背負い、首からはラッパのような不思議な形の魔道具をぶら下げている。
種族はノームだろうか。年齢不詳だが、その目は異様な興奮でギラギラと輝いている。
「ストーカーなどと人聞きの悪い! ワタシは芸術の探求者、音響研究家のピカロと申しますぅ!」
「ピカロだかピカソだか知らねえが、用がないなら消えてくれ。俺たちは忙しいんだ」
俺はシッシッと手を振った。
こいつはヤバい。俺の「関わっちゃいけない奴センサー」がガンガン警報を鳴らしている。
だが、ピカロはめげずに、ズズイと距離を詰めてきた。
「見ましたよぉ、昨日の貴方の狩りを! あの『音』! あの黄金の輝き! そして何より、生物の頭蓋骨と金属が衝突した際に生まれる、あの絶妙な不協和音(ディソナンス)!」
「うわぁ……」
隣でシルヴィが露骨に引いている。俺も同感だ。
こいつ、俺のタライ攻撃を見て興奮していたのか。
「単刀直入に言いましょう! 貴方に個人的な依頼をしたいのですぅ!」
「依頼だぁ? ギルドを通せよ」
「ギルドを通すと手数料が取られるでしょう? 直契約なら、報酬は弾みますよぉ?」
ピカロが懐からチャリ、と音をさせた。
俺の足がピタリと止まる。
振り返ると、ピカロの指の間には銀貨が挟まれていた。
「……話を聞こうか、ミスター・ピカロ」
「ゴウさん、手のひら返しが早すぎます」
シルヴィのツッコミを無視して、俺はピカロに向き直った。
金になるなら変態でもお客様だ。それがプロの(底辺)冒険者というものだ。
「で、何をしてほしいんだ? 誰かの頭にタライを落として暗殺してほしいとかか?」
「ノンノン! ワタシが求めているのは『音』です! 今、新しい交響曲を作曲していましてね。そのクライマックスに、どうしても最高の『打撃音』が必要なのですぅ!」
ピカロは恍惚とした表情で指揮棒のように手を振った。
「ターゲットは、この森の奥に生息する『アイアンタートル』。鉄のように硬い甲羅と頭を持つ亀です。奴の頭に貴方のタライを落とし、その反響音をこの『録音魔道具』に収めたいのです!」
「……は? それだけ?」
「イエス! ただし、納得のいく音が出るまで何度でもやっていただきます! 報酬は成功報酬で銀貨五枚! どうですぅ?」
銀貨五枚。
昨日の命がけの蜂退治と同じ額だ。
しかもやることは、亀の頭にタライを落とすだけ。
こんなオイシイ話があるだろうか。
「乗った。契約成立だ」
「交渉成立ですぅ! では早速、最高のスタジオ(森の奥)へ参りましょう!」
***
森の奥深く。そこは湿気が多く、苔むした岩場が広がっていた。
俺たちは岩陰に隠れ、ターゲットを観察していた。
前方に、直径一メートルほどの巨大な亀がいる。
『アイアンタートル』。その名の通り、全身が黒光りする金属質の甲羅で覆われている。動きは遅いが、防御力はFランクモンスターの中でもトップクラスだ。
「いいですかぁ? 狙うは頭頂部! 角度は垂直! 最高の反響(リバーブ)をお願いしますよぉ!」
「注文の多い客だなおい……。シルヴィ、お前は万が一亀が暴れた時のために援護準備だ」
「はいっ! 新しい杖の試し撃ちですね!」
シルヴィが安物の杖を構える。先端のガラス玉が頼りなく光る。
俺は深呼吸をして、亀に狙いを定めた。
距離は十メートル。相手は動いていない。絶好の的だ。
「いくぞ……スキル発動、【金ダライ召喚】!」
ヒュンッ。
亀の頭上三メートルに、いつもの金ダライが出現する。
重力に引かれ、一直線に落下。
カァァァァァァァンッ!!
ものすごい音がした。
今までで一番硬い相手だ。その音は高く、澄んでいて、どこまでも響き渡るようだった。
寺の鐘かよ、と思うほどの残響。
「ブラボォォォォォォ!!」
ピカロが岩陰から飛び出して叫んだ。
「素晴らしい! 硬質な甲殻と真鍮のハーモニー! F(ファ)のシャープ! 完璧ですぅ!」
「よ、よし! じゃあこれで終わり……」
「ノンッ! 今の音は完璧すぎました! 次はもう少し『哀愁』を含んだ、鈍い音が欲しいですねぇ。もう一回!」
「ふざけんな!」
俺が抗議しようとした時だ。
当然ながら、タライを落とされた亀が激怒した。
ゆっくりと首を回し、こちらを睨む。その口がガバリと開き、青白い光が溜まっていく。
「げっ、ブレスだ! 水鉄砲が来るぞ!」
「させません! 行きます、ファイアボール!」
シルヴィが叫び、杖を振るう。
ボウッ!
杖の先から、バスケットボール大の火球が放たれた。
おお、意外と威力ありそうじゃん!
……と思ったのも束の間。
「あ」
シルヴィの間抜けな声と共に、火球は亀の頭上を遥かに超え、あらぬ方向へ飛んでいった。
そして、あろうことか録音に夢中になっているピカロのすぐ横の木に着弾した。
ドカンッ!
木が燃え上がり、枝が折れてピカロの上に落ちてくる。
「ヒィィィッ!? 熱っ! 熱いですぅ!」
「どこ狙ってんだこのノーコンエルフ!」
「す、すみません! 杖のクセがわからなくて!」
混乱する俺たちに、亀のウォーターブレスが直撃した。
ビシャーッ!
俺とシルヴィは高圧洗浄機のような水を浴びて吹き飛ばされた。
せっかくの新しい革鎧がずぶ濡れだ。
「痛ってぇ……! この野郎、調子に乗りやがって!」
「ゴウさん! 亀がこっちに来ます!」
「ピカロ! 録音はもういいだろ! 逃げるぞ!」
「まだですぅ! ラストテイク! あと一回だけ、あの亀が口を開けた瞬間の、歯に当たった時の『カキンッ』という音が欲しいのですぅ!」
この変態、死ぬ気か!?
亀はズシンズシンと迫ってくる。
俺の投げナイフじゃ、あの甲羅は貫通できない。
どうする? 逃げるか?
いや、依頼を放棄したら報酬はゼロだ。ここまで濡れ鼠にされてタダ働きなんて御免だ!
「くそっ、やってやるよ! シルヴィ、亀の気を引け!」
「えぇ!? 私が囮ですか!?」
「俺よりは頑丈だから大丈夫だ! 走れ!」
「ひどいぃぃぃ!」
シルヴィが泣きながら走り出す。亀の視線がそちらに向く。
チャンスだ。
俺は亀の正面に回り込んだ。
亀がシルヴィを噛み砕こうと、大口を開けたその瞬間。
「食らうのはエルフじゃねぇ! 俺の特製ディナーだ!」
――【金ダライ召喚】!
出現位置は、亀の開いた口の真上。
落下距離はわずか数十センチ。
だが、その一瞬のタイミングは完璧だった。
ガキンッ!!
タライが亀の上顎と下顎の間に挟まり、硬い歯と金属が激突する鋭い音が響いた。
まるで巨大なカスタネットだ。
タライを噛まされた亀は、驚いて目を白黒させ、そのまま口を閉じられずにもがいている。
「録れたぁぁぁぁぁぁ!!」
ピカロが魔道具を掲げて絶叫した。
「今のソリッドな音! そして生物の困惑が混じった空気感! マスターピースですぅ!」
俺はもがく亀を放置し、ピカロの襟首を掴んだ。
「満足したな!? 金だ! 金をよこせ!」
「も、もちろんですとも! いやぁ、いい仕事でした!」
ピカロから銀貨袋をひったくると、俺はシルヴィに合図を送った。
「ずらかるぞ!」
「はいっ! もう亀は嫌いですぅ!」
***
息を切らせて森を抜け出した俺たちは、街道の脇へ倒れ込んだ。
全身泥だらけで、水浸し。
新装備のデビュー戦にしては散々な結果だ。
「ハァ……ハァ……酷い目にあった……」
「でもゴウさん、報酬は……」
「ああ、バッチリだ」
俺は手の中の銀貨五枚を確認して、ニヤリと笑った。
どんなにカッコ悪くても、金は金だ。
「ありがとう、ゴウ君、シルヴィ君! この音源は必ずや後世に残る名曲に使わせてもらいますよぉ!」
ピカロは満足げに手を振り、どこかへ去っていった。
……ちなみに、後日街で聞いた噂によると、ピカロは『爆音で魔物を驚かせて撃退する魔道具』の開発者として有名らしく、今回の録音は「街の目覚まし時計」に使われたそうだ。
毎朝、街中に俺のタライの音が鳴り響くことになるとは、この時の俺は知るよしもなかった。
「……なんか、疲れたな」
「そうですね。お腹空きました」
「またかよ! ……まあいい、今日は少し高い肉でも食うか」
「わぁい! ゴウさん大好き!」
「現金な奴め」
俺たちは濡れた体を乾かしながら、夕暮れの街へと戻っていった。
こうして、変な依頼人との遭遇イベントは、一応のハッピーエンド(?)を迎えたのだった。
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