第3話 「ステータス測定の絶望と、Fランクからのドブさらい」

「入場料、銀貨二枚だ」


 城塞都市バルドールの門番は、槍を突きつけて無慈悲に告げた。

 俺とシルヴィは顔を見合わせた。

 所持金ゼロ。あるのは、俺の腰にある錆びたナイフと、シルヴィが着ている泥だらけの高級ローブのみ。


「あ、あの……お金はないのですが、私のこのペンダントでどうにかなりませんか? 王家御用達の宝石職人が作ったもので、売ればお城が建つくらいには……」

「馬鹿野郎!」


 俺は慌ててシルヴィの口を塞いだ。

 こいつ、世間知らずすぎるだろ! こんな街中で「城が建つ宝石」なんて出したら、門番が強盗に早変わりするか、裏路地で身ぐるみ剥がされるのがオチだ。


「すいませんおっちゃん、こいつ田舎娘で虚言癖があって。これ、さっき倒したゴブリンのナイフなんですけど、これでまけてくんない?」

「ああん? ゴミじゃねぇか。……まあいい、通行料としては足りないが、街の『買取屋』まで行くなら通してやる。その代わり、日が暮れるまでに出国税払えなかったら強制労働だぞ」

「へいへい、感謝しますよ」


 ギリギリの交渉(というか借金)で、俺たちはなんとか街へ潜り込んだ。

 中世ヨーロッパ風の街並み。活気ある市場。行き交う人々。

 本来なら異世界観光と洒落込みたいところだが、俺たちにそんな余裕はない。強制労働コース回避のため、直行すべき場所は一つだ。


 ――冒険者ギルド『金獅子の剣』。


 重厚な扉を開けると、ムワッとした熱気と酒の匂い、そして男たちの怒号が押し寄せてきた。

 昼間からジョッキを傾ける筋肉ダルマたち。傷だらけの鎧。

 これぞ異世界。これぞ冒険者。

 俺のようなヒョロガリが入れば、即座にカツアゲ対象になりそうな空間だ。


「うぅ……野蛮な空気がします……」

「シルヴィ、俺の後ろに隠れてろ。あと口を開くな。金持ちだとバレたら誘拐されるぞ」

「は、はいっ!」


 俺はビビりまくる心臓を必死に抑え、できるだけ尊大な態度でカウンターへ向かった。

 舐められたら終わりだ。ここは「俺、手練れですけど?」というオーラを出すんだ。


「よう姉ちゃん。登録頼むわ」

「はい、新規登録ですねー。手数料は後払いで結構ですので、こちらの水晶に手を置いてください」


 受付の眼鏡美女は、事務的な笑顔でカウンター上の水晶玉を指差した。

 来た。ステータス測定だ。

 ラノベならここで『測定不能』とか『全ステータス9999』とか出て、ギルド中が騒然となる場面だ。

 だが、俺は知っている。女神リリエルのあの言葉を。

 ――『君、だいたい3くらいかな?』


(頼む……! 何かの間違いで強くなっててくれ! あるいは測定器が壊れろ!)


 俺は祈りを込めて、水晶に手を置いた。

 ブゥン、と低い音がして、水晶の上にホログラムの数値が浮かび上がる。


 【名前:ゴウ】

 【職業:遊び人】

 【体力:3】

 【魔力:2】

 【筋力:3】

 【敏捷:4】

 【スキル:金ダライ召喚(E)】


 静寂。

 ギルド中の視線が、俺の頭上の数値に集まった。

 そして――。


「ぶっ……ギャハハハハハハハ!!!」


 爆笑の渦が巻き起こった。


「おい見ろよ! 3だってよ! 赤ん坊か!?」

「職業『遊び人』って! 舐めてんのか!」

「スキル『金ダライ召喚』? なんだそりゃ、宴会芸かよ!」


 屈強な冒険者たちが腹を抱えて笑っている。バンバンとテーブルを叩く音。

 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。穴があったら入りたいが、あいにく俺には穴を掘る筋力すらない。


 だが、ここで笑われて終わる剛田猛ではない。

 俺は震える膝を隠し、ニヒルな笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「フン……この街の測定器は、随分と旧式らしいな」

「は?」


 受付嬢がキョトンとする。

 俺は髪をかき上げ、周囲の馬鹿どもを見回した。


「俺の力はあまりに強大すぎる。本気を出せば、この水晶など粉々に砕け散ってしまうだろう。だから、あえて極限まで力を抑制する『リミッター魔法』を常時発動しているのだ。その数値は、言わば待機電力のようなもの」

「は、はあ……リミッター、ですか?」

「ああ。真の数値が表示されないのは不本意だが、まあいい。弱く見せておいた方が、敵を油断させやすいからな」


 苦しい。あまりにも苦しい言い訳だ。

 小学生でももう少しマシな嘘をつく。

 周囲の冒険者たちは「何言ってんだこいつ」という顔で引いている。

 だが、ここに一人だけ、その嘘を真に受けるポンコツがいた。


「さ、流石ですゴウ様……! 常時リミッター解除もせずに、あのウルフの群れを退けたのですね! 底が見えません……!」


 シルヴィが目をキラキラさせて拍手している。

 その純粋すぎる反応に、周囲の空気が少し変わった。

 あんな美少女エルフ(泥だらけだが素材は一級品)が心酔しているのだ。もしかして、本当に……? という疑念が数ミリだけ生じる。


「次は君の番ですよ、シルヴィさん」

「はい!」


 シルヴィが水晶に手を置く。


 【名前:シルヴィ=エル・ミストラル】

 【職業:精霊術師】

 【体力:10】

 【魔力:5000(※現在空腹により使用不可)】

 【筋力:8】

 【特記事項:燃費が悪い】


「ご、五千!?」


 今度は別の意味でどよめきが起きた。

 魔力五千は、明らかに桁の違うとんでもない数値だ。

 だが、その横にある『空腹により使用不可』と『燃費が悪い』の文字が全てを台無しにしている。


「あの……シルヴィさん? 魔力は凄いんですが、これだと魔法は……」

「はい、お腹が空くと指先一つ光らせられません。あと、一発撃つと三食分のカロリーを消費します」

「……使えねぇ……」


 ギルド中の心が一つになった瞬間だった。

 俺たちは晴れて、ギルド公認の「Fランク冒険者(最底辺)」として登録された。


 ***


「さて、仕事だ」


 登録を済ませた俺たちは、クエストボードの前に立っていた。

 Fランクが受けられる依頼は限られている。薬草採取、迷い猫探し、そして――。


「これにするぞ」


 俺が剥ぎ取った依頼書には、こう書かれていた。

 『緊急依頼:下水道のヘドロ掃除及びジャイアントナメクジの駆除』

 報酬:金貨一枚(日払い可)。


「ええええええ! 嫌です! 私、王女……じゃなくて公爵令嬢ですよ!? そんな汚い仕事できません!」

「文句言うな。今日の宿代と飯代、どうすんだ? お前の魔力タンクを満タンにするには、たらふく食わせなきゃならねぇんだろ?」

「うぅ……それはそうですけどぉ……」

「薬草採取なんてやってたら日が暮れる。手っ取り早く稼ぐには、誰もやりたがらない『3K(きつい・汚い・危険)』をやるしかねぇんだよ!」


 俺は嫌がるシルヴィの首根っこを掴み、裏路地にある下水道入口へと向かった。

 装備はギルドで借りた長靴とデッキブラシ。そして俺にはタライがある。


「うっ……臭い……」

「鼻で息をするな、口で吸え。……よし、いたぞナメクジ野郎」


 薄暗い下水道の奥に、体長一メートルほどのヌメヌメした塊が這っていた。

 ジャイアントナメクジだ。動きは遅いが、酸を吐く厄介な敵だ。


「シルヴィ、援護しろ! 魔法は使えないから、そのデッキブラシで突っつけ!」

「無理無理無理! 絶対無理です!」

「チッ、役立たずめ! こうなりゃ俺がやる!」


 俺はナメクジとの距離を測る。

 相手は天井に張り付いている。普通の剣士なら攻撃が届かない位置だ。

 だが、俺の【金ダライ】は座標指定攻撃。上下の位置関係など関係ない。


「上から来るぞ! 気をつけろ!」


 俺は無意味に叫びながらスキルを発動した。


 カァァァァァァン!!


 天井とナメクジのわずかな隙間に、金ダライが出現。

 物理法則に従い、落下しようとしたタライがナメクジを強打し、その反動でタライも跳ね返る。

 狭い隙間でタライが高速振動を起こした。

 カンカンカンカンカンカンッ!

 凄まじい連打音が響き渡る。


『ギョエー!』


 ナメクジはたまらず天井から剥がれ落ち、汚水の中にボチャンと落下した。


「そこだシルヴィ! 今だ、叩け!」

「ひいぃぃぃ! 近寄らないでぇぇぇ!」


 シルヴィは半泣きになりながら、持っていたデッキブラシをめちゃくちゃに振り回した。

 それが偶然、ナメクジの急所(触覚の間)にクリーンヒット。

 パァン、とナメクジが弾け飛んだ。


「……お、終わったか」

「ううぅ……お嫁に行けない……」


 全身ヘドロまみれになった俺たちは、夕暮れの街をトボトボと歩いた。

 だが、懐には確かな重みがあった。

 報酬の金貨一枚。

 日本円にして約一万円。命がけの労働にしては安すぎるが、これが俺たちの初任給だ。


「へっ、ざまぁみろ。なんとか生きてるじゃねぇか」


 俺は薄汚れた顔でニヤリと笑い、なけなしの金で一番安い安宿と、大量のパンを買い込んだ。

 こうして、泥と汚水にまみれた異世界生活初日が暮れていくのだった。

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