第2話 「出会いは突然に、そして下心満載で」

「……よし、死んでるな」


 俺は足元に転がるゴブリンの死体を突っつき、完全に動かなくなったことを確認した。

 人生初の討伐だ。もっとこう、高揚感とか罪悪感とかがあるかと思ったが、湧いてきた感情は「こいつ、金持ってねぇかな」という非常に現実的なものだった。

 俺は躊躇なくゴブリンの体をまさぐる。

 汚い? 臭い? 知るか。背に腹は代えられない。こちとら所持金ゼロ、装備は布の服一枚というハードモードなのだ。


「チッ、しけた野郎だぜ」


 戦利品は、刃こぼれした錆びたナイフと、腰に巻いていた謎の干し肉(鑑定する勇気はない)のみ。金貨の一枚も持っていないとは、モンスター界のワーキングプアか。

 俺は錆びたナイフを腰に差した。ゴブリンの腰布を紐代わりにして。

 傍から見れば、布の服を着て腰に汚い布を巻き、錆びたナイフを差した不審者だ。勇者要素が微塵もない。


「さて……まずは情報収集と、あわよくば安全な寝床の確保だな」


 俺は森の中を歩き始めた。

 その道中、俺は自分の唯一の武器である【金ダライ召喚】の検証を行った。

 命がかかっているのだ、ふざけたスキルだろうと仕様把握は必須である。


 検証結果は以下の通り。


 1.射程距離は目視できる範囲ならどこでも可(視力が悪いと当たらない)。

 2.クールタイムは約五秒。連射はできない。

 3.召喚されるタライは毎回新品。ピカピカの真鍮製。

 4.物理的にそこに残る。


「……これ、スクラップとして売れば金になるんじゃね?」


 俺の脳内に、異世界で初めてのビジネスモデルが構築された。

 『無限金ダライ販売』。これだ。勇者廃業して金物屋になろうかな。

 そんな妄想をしながら歩くこと一時間。

 俺の貧弱な体力(ステータス3)が限界を迎えようとしていた時、木々の隙間から街道らしきものが見えた。


「道だ! 文明の利器だ!」


 俺は歓喜の声を上げて街道へ飛び出した。

 右を見ても左を見ても、舗装されていない土の道。だが、轍(わだち)がある。人が通っている証拠だ。

 これで一安心、と息をついた俺の目に、あるものが飛び込んできた。


 街道の脇、大きな木の下に、人が倒れている。

 金色の長い髪。透き通るような白い肌。耳が長く尖っている。

 ……エルフだ。

 しかも、かなりの美少女だ。ファンタジーの定番、エルフの美女が倒れている。


 普通ならここで「大丈夫ですか!?」と駆け寄るところだろう。

 だが、俺は剛田猛。ゲスで慎重な男だ。


(……死体か? それとも罠か?)


 俺は抜き足差し足で近づいた。

 周囲にモンスターの気配はない。争った形跡もない。

 ただ静かに、美女が倒れている。

 服装は上等なローブだが、ところどころ土で汚れている。胸元には高そうな宝石のついたペンダント。


(死んでるなら、あのペンダントを頂戴しても文句は言われないよな? だって供養代みたいなもんだし。埋葬してやる代わりに遺品整理的な?)


 俺の下心センサーと守銭奴センサーが同時に反応した。

 俺は彼女の枕元に屈み込み、顔を覗き込む。

 整った顔立ちだ。まつ毛が長い。胸も……うん、エルフにしては発育が良い。生前はさぞモテただろう。南無三。


 俺がペンダントに手を伸ばそうとした、その時だった。


「……ぅ……」


 エルフの唇が微かに動いた。


「うおっ!?」


 俺はビクッとして飛び退いた。

 生きてる! 死体遺棄&窃盗未遂にならなくてよかった!

 いや待て、怪我をしているのか? それとも病気か?

 もし疫病とかだったらヤバイ。濃厚接触は避けたい。

 俺が距離を取って様子を伺っていると、彼女は薄っすらと目を開けた。


「み……みず……」

「あー、水ね。水が欲しいのね」


 俺は周囲を見渡す。川はない。水筒も持っていない。

 あるのは、さっき検証で出して、なんとなく持ち歩いていた金ダライだけだ。


「……これを使うしかないか」


 俺は少し離れた草むらに溜まっていた朝露を、タライを使って集めた。衛生的にどうなんだというツッコミは無視だ。死ぬよりマシだろう。

 俺はタライに入った少量の水を、彼女の口元に運んだ。


「ほら、飲め。最高級の真鍮製カップだぞ」

「ん……ぅ、ん……」


 彼女はタライの縁に口をつけ、コクコクと水を飲んだ。

 まるで小動物だ。

 水を飲むと、少し生気が戻ったのか、彼女はふぅと息を吐き、パチリと目を見開いた。

 翠(みどり)色の瞳が俺を捉える。


「……貴方が、私を助けてくれたのですか?」


 鈴を転がすような、綺麗な声だった。

 俺は内心で(窃盗未遂してたんだけどな)と思いながらも、営業用スマイルを貼り付けた。


「ああ、通りがかりにな。危ないところだったな」

「感謝します……。私はシルヴィ。ハイエルフのシルヴィ=エル・ミストラルです」

「ハイエルフ? なんか偉そうな名前だな。俺はゴウ。しがない旅人だ」


 シルヴィは優雅に立ち上がろうとして――ぐぅぅぅぅぅぅぅ、と腹の虫を盛大に鳴らして崩れ落ちた。

 雰囲気ぶち壊しである。


「……腹、減ってんのか?」

「ち、違います! これはその、マナの枯渇による共鳴現象で……!」

「嘘つけ。顔が真っ赤だぞ」


 どうやら行き倒れの原因はハンガーノックらしい。

 ハイエルフとか言っておいて、餓死寸前とは情けない。

 俺は懐から、ゴブリンから奪った干し肉(鑑定不能)を取り出した。


「ほら、食うか? 出所は聞くな。味も保証しない」

「……い、いただきます」


 シルヴィはプライドと食欲の葛藤を一瞬で見せ、食欲に軍配を上げた。

 干し肉をひったくるように受け取ると、リスのようにカジカジとかじり始める。


「おいしい……っ! こんなに美味しいお肉は初めてです……!」

(ゴブリンの腰に巻いてあった肉が美味いのかよ。この世界の食文化どうなってんだ)


 涙目で干し肉を貪るハイエルフ。絵面的には完全に餌付けである。

 まあいい。これで貸し一つだ。

 俺がそう計算した時、茂みの奥から低い唸り声が聞こえた。


「グルルルル……」


 振り返ると、そこには大型犬ほどのサイズがある狼が三匹、涎を垂らしてこちらを睨んでいた。

 ウルフだ。ゴブリンより明らかに強そうだ。


「げっ、お食事の匂いにつられて来たか!」

「ま、魔獣『フォレストウルフ』です! 気をつけてください、群れで狩りをする狡猾な獣です!」


 シルヴィが口元についた肉片を拭いながら叫んだ。

 解説はいいから戦えよ!


「おいエルフ! 魔法とか使えないのか!? ドカーンとやっちゃえよ!」

「む、無理です! 空腹で魔力が回復していませんし、そもそも私は精霊魔法の使い手ですが、今日は精霊さんの機嫌が悪くて……!」

「なんだそのサラリーマンの言い訳みたいな理由は! 役立たずか!」


 ダメだ。こいつも俺と同じポンコツ枠だ。

 ウルフたちがジリジリと距離を詰めてくる。

 俺のステータスは3。正面からやり合えば瞬殺される。ナイフなんて爪楊枝にもなりゃしない。


「逃げるぞ!」

「足が……痺れて動けません……」

「この駄エルフ!」


 俺は叫びながら、思考をフル回転させた。

 逃げられない。戦えない。

 使えるのは、5秒に一回落ちてくる金ダライのみ。

 だが、相手は三匹。一匹に当てても、残りの二匹に喉笛を噛み千切られる。


「……やるしかねぇか」


 俺は一歩前に出た。

 ビビって足が震えているが、シルヴィには背中で隠しているからバレていないはずだ。


「ゴウさん!? 武器も持たずに何を……!」

「黙って見てろ。俺の秘技を見せてやる」


 俺はウルフたちを睨みつけ、右手を高々と天に掲げた。

 ウルフたちが一斉に飛びかかってくる。

 速い。ゴブリンとは比べ物にならない。

 だが、狙いは定まっている。


 ――スキル発動、【金ダライ召喚】!


 俺がターゲットにしたのは、ウルフではない。

 俺たちの目の前にある、少し盛り上がった地面の石だ。


 カァァァァァァン!!


 空から降ってきた金ダライが、地面の石に激突した。

 凄まじい金属音が周囲に響き渡る。

 森の静寂を切り裂く、不協和音の爆発。

 聴覚の鋭いウルフたちにとって、至近距離でのその音は、爆音のスタングレネードにも等しかった。


『キャインッ!?』


 三匹のウルフが同時に悲鳴を上げ、耳(?)を伏せてのたうち回る。

 平衡感覚を失ったのか、互いにぶつかり合って混乱している。


「今だ! シルヴィ、走れ!」

「は、はいっ!」


 俺はシルヴィの手を引き(というか半分引きずり)、混乱するウルフたちの横を全速力で駆け抜けた。

 幸い、ウルフたちはしばらく立ち上がれそうにない。

 俺たちは無我夢中で街道を走り続けた。


 ***


 三十分ほど走り続け、ようやく森を抜けた先に、城壁に囲まれた街が見えてきた。

 俺たちはへたり込むように道端に座り込んだ。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

「あ、ありがとうございます、ゴウさん……。あの魔法、凄かったです。音の精霊を使役する高等魔法ですか?」


 シルヴィが尊敬の眼差しを向けてくる。

 タライを落としただけとは口が裂けても言えない。


「ま、まあな。音響系魔法『ノイズ・バースト』の亜種みたいなもんだ」

「すごいです! 詠唱破棄であの威力……ゴウさんは、高名な魔導師様なのですね!」


 勘違いが加速している。

 訂正するのも面倒だし、このまま凄い奴だと思わせておいた方が利用しやすいか。


「ふん、まあな。それよりシルヴィ。助けてやった礼は弾んでもらうぞ」

「はい! 街に着いたら、私の実家……ミストラル公爵家に連絡して、相応の謝礼を……あ」


 シルヴィの顔が曇った。


「どうした?」

「私……勘当されて家を追い出されたんでした。お金、一銭もありません」

「はあああああああ!?」

「それに、追手がかかっているかもしれないので、身分も明かせません」


 俺は頭を抱えた。

 拾ったのは、金持ちのエルフではなく、無一文の訳あり家出娘だったらしい。

 損切りか? ここで見捨てるか?

 いや、腐っても魔法使い(自称)。それに顔はいい。何かに使えるかもしれない。


「……はぁ。わかったよ。とりあえず街に入ろう。俺も金がない。二人で稼ぐぞ」

「はい! ご命令とあらば! ……あの、またお肉もらえますか?」

「ねーよ! さっきので最後だ!」


 こうして、ステータス激弱のゲス勇者と、無一文のポンコツエルフ。

 最底辺パーティがここに結成されたのだった。

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