第11話:Book&Maker
カレッジの第二階層。
最新の教本が揃った〈ブック&マーカー〉は一号店に比べれば手狭ではあるが、それでもカレッジの学生たち御用達の本と文具が揃っている。
寒い冬を家で過ごすことが多い冬の国の住人にとっては、本は「衣食住」に並ぶ必須アイテムだ。
ジャンルごとに見事に陳列され、店員がおススメする本は見事なポップで装飾され読者をひきつけている。高い棚には移動式の梯子が設置されていて、余すところなく見ることが出来る。 学生にとっては実に良い暇つぶしが出来る場所だ。現にミディールも度々、ここには訪れている。〈ブック&マーカー〉二号店は〈ユールレイエン〉社にとってお得意先だ。配達の依頼の兼ね合いもあり、本に触れる機会は多かった。
「素敵な装丁! いい匂い」
マロンは金色の帯で見事に装丁された本たちに目を奪われていた。
本はクリスマスプレゼントとしても定番。ジャケットも本の魅力を引き出す大事な要素だ。
「どうして二号店なのですか?」
「一号店はカレッジの外、街角にあるんだよ。買いに行くにはちょっと遠いからね」
「俺は店長の跡目争いで二号店が出来たって聞いたけどな」
本棚と本棚の間は人一人が通れるのが限界な程狭いが、マロンにとっては十分な広さらしい。
「そういえばお前、あの古本はどうしたんだ?」
「あれはルチア様から頂きまして。ですが、内容があまりにも難しくて……」
「何か、すまん」
師匠の空振り具合は今に始まったことではないが、ミディールは代わりに謝罪した。
「僕は魔法工学のマテリアルシリーズがおすすめだけど」
「やめろ。それは二十冊あるんだぞ」
しかもそのシリーズはまだ続いており、一冊一冊が分厚く辞書というより鈍器だ。
「そんな物は卒業しても読み終わらない」
「そう? 僕はこれを三回は読み直したよ」
「これだから工学オタクは」
「勤勉だと言って欲しいね。そうだ、まずはこの初心者向けの飛行科学はどうかな?」
ジュディは作者の異なる二冊の飛行科学の本を手にした。
「どっちがいいのでしょうか? ご主人様のおすすめはございますか?」
「どっちも読んでおいた方がいい」
「ではどちらもお願いします」
ミディールは本をバスケットに入れた。
「あの、お金はどうしましょう」
ジュディはあれ、と首を傾げた。
「教本なら三十冊までなら無償だよ。提携の代わりにカレッジがその費用を払っているんだ。カレッジに入学すると色々と特典がある、ってこの朴念仁は教えていないみたいだね」
『マラドーニの植物学』『天候学大全』『新・天体学の教えと神話』などなど、他数冊をバスケットに入れてだいたいの教本を揃えたところで、一息ついた。
ジュディは件のマテリアルシリーズにまた目を通していた。何度も読み返しているのにまだ読むのかとミディールは呆れるばかりだ。しかしマロンの姿はない。また小さく縮んでしまってどこかに転がっているのではないか。ミディールは一つ一つのジャンルの棚を覗きながらマロンを探したが、なかなか見つけられない。
——まさか本に押しつぶされて身動きが取れなくなっているんじゃないだろうな。
不安が加速したが、思っても見ないところでマロンを見つけた。
マロンは立ち読みに夢中になっていた。とある女流新人作家のロマンス小説だ。
「それも買うのか?」
「えっと、ちょっと気になっただけなので」
マロンは本をすぐに戻した。しかしその目線は名残惜しそうに本の背表紙を追っている。
「やっぱり、ここにいたのか」
ようやくひと段落ついたジュディはひょっこりと顔を出した。ジュディの後ろにはこれまた厄介な来訪者がいる。バッグにはパンパンになった裁縫道具と布が飛び出し、にんまりと笑みを浮かべている。
「少しは女の子らしい授業を紹介しなさいよ、ミディール。ラッピングの授業何て楽しいわよ。後はデザイン学と色彩学。編み物学もどう?」
「何しに来たんだ、ベル」
「勿論、勧誘」
ベルは二人を無視してマロンにつかつかと近づきマロンの両手を包んだ。
「ねえ、マロンさん。クラブ活動に興味はない?」
「クラブ、活動?」
初めて聞く単語にマロンは首を傾げた。
「授業の後、放課後に生徒たちで楽しむ集まりさ」
「私たちのドレスクラブはどう? 授業とは別で好きな衣装をデザインするの」
「ちなみに僕はアイススケート部」
「あの、ミディール様のクラブは?」
「俺は――」
「射撃クラブだよ。選ばれた生徒しか入れない。ミディールはそこのエースさ。あそこは本格的だよ」
「エースじゃない」
「たかが謹慎処分だろ? 何回目かの」
「クラブ、ですか」
あまり乗り気ではなさそうだが、同窓の友人がいないマロンに交流関係を広げるいい機会だ。
教本を入手し終えた後は、クラブ活動掲示板へと向かった。
ベルはこっそりとマロンに何かを耳打ちをし、マロンもはしゃいでいた。
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