第10話:Curriculum Choice!
珍しく青い空が広がる朝。
ミディールはスノウバイクをのろのろと動かしてカレッジ横に停めた。
「あれ、今日は早いんだね」
うるさいのが来てしまった。
ジュディ・スノウはいつもどおりの挨拶だ。
「おはよう、そしてご機嫌よう」
「これがご機嫌に見えるのか?」
「君が眠れないのは例の彼女のせい?」
昨日。制服を取りにカレッジに向かったマロンは、再びピクシーに絡まれた。何とかしようと奮闘したところ、モミの木程に巨大化した。恐怖したピクシーたちを追い払ったもののすぐにマロンは気絶。近くにいたミディールが下敷きになったという何ともお粗末な顛末である。
治療魔法で何とか骨はくっつけたが、呼吸するだけで激痛が走り寝不足となった。
「耳が早いな」
「それが僕の取り柄だからね」
耳が早くて噂好き。その上、野心家で負けず嫌い。工芸科で手先はかなり器用。職人にしては珍しい情報通でもある。流行りや噂に疎いミディールにとってジュディの存在はかなり助かる。
「魔法のせいでデカくなったり小さくなったりして大変だ」
「へえ。まるで不思議の国のアリスじゃないか。コロポックルなんだろ? 妖精の編入生なんて珍しい。でも、コロポックルは比較的、人と親和性があるし――」
「師匠に相棒になれと言われた」
「それはおめでとう!」
珍しく素直な反応だ。しかしこっちは嬉しくないのだ。
「おめでたくない」
「いいんじゃない? 君は面倒見いいし、妖精や精霊は君にとってご近所さんだろう?」
長い付き合いだが、面倒見がいいと思わせる出来事などあっただろうか。
どちらかというと一人の方が好きなのだが。
軽くはない足取りで門の前へと向かった。
一人で登校してみたいというマロンの意見を尊重したのだが、正直無事に辿り着けていたら奇跡だ。
トナカイのモニュメント前に黒髪の少女がいた。人の姿をしているが、明らかに人に慣れていない。制服がぶかぶかで、リボンも曲がっている。
配達科は空を飛ぶので、スカートは厳禁。
男子も女子もパンツスタイルだが、胸元だけはネクタイかリボンを選べる。
こちらに気が付くと、子犬のように寄って来た。
どうやら制服は間に合ったらしい。
「おはようございます。ご主人様」
「おう、おはよう」
マロンの登場にジュディは驚きのあまり口をあんぐりと開けた。
「嘘でしょ、君。編入生にご主人様と呼ばせているの? いくら相手が妖精だからって、そういう主従関係は良くないよ!」
「誤解だ! こいつが勝手にそう呼んでいるだけだ」
「ほら。こいつ呼ばわりしている。相手はレディだ。キャロル・ナイトを目指すなら言葉遣いも直さないと」
「キャロル・ナイト?」
「運び屋を守る名誉ある〈守り手(ガーディアン)〉さ。つまり今時のサンタクロースの〈守り手〉のトップ。プレゼントを狙う空賊が多いからね。ミディールの子どもの頃からの夢なんだよ」
「いつの話をしているんだ!」
人の過去をあっさりと暴露するジュディはミディールを無視してマロンに歩み寄った。
「はじめまして。僕はジュディ・スノウだ」
「あ、私、は。マロン・ポックルです。ジュディ様って男性だったのですね。てっきり――」
「てっきり? ミディールの彼女かと思った?」
「はあ⁉」
「熱を入れてお話されていましたので」
「い、入れてない!」
「いやあ、照れるなあ」
ジュディはにまにまと笑みをミディールに見せつけた。
「僕ら幼馴染なんだ。ミディールって口が悪いし迫力があるでしょ? だから昔から友達いなくて」
「余計なお世話だ!」
予鈴の鐘が鳴った。しかしジュディは呑気について来た。
「お前、授業はいいのか?」
「僕午前中は自習だから。君もだろ?」
「だから、まずはこいつのカリキュラムから」
「はい! よろしくお願いします!」
マロンは三年生に編入することになった。
このカレッジは六年制。
年齢に問わず学年を決められるので、十歳の天才少年が六年生になることもあるし、六十の老婆が老後の嗜みにと一年生に編入することもある。
ただし卒業するには全学年で定められた科目を履修、合格する必要がある。
十二歳で入学し、一年ごとに学年を上がり十七歳で卒業、というのが一般的だ。
二年生までは一般教養課程がメインとなる。しかしマロンは読み書きが出来るし、すっと飛ばしても問題ないだろうというルチアの提案だ。また、ミディールが四年生のため比較的教科が重複している三年生なら教えやすい、というのもある。
食堂、にしようかと思ったが、どうもマロンは人目が気になるらしい。カウンター席のある〈バケット&フレッシュ〉へ三人は移動した。
「ちょうど良かった。ドリンクチケット余ってたんだよね」
こういう目ざといところは正直助かる。
ジュディは適当にオーダーすると言いながら、カフェラテ、ホイップクリームココア、トロピカルジュースとどれを選んでもいいように気を利かせてくれた。
「マロンちゃんはココアだよね。熱いから気を付けて」
「ああ、ありがとうございます!」
マロンを真ん中にして座り、マロンは「いただきます」とココアを早速飲み、口の周りにぺっとり白い口髭をこさえた。
——これを狙っていたな。
ジュディの罠にハマったことにも気が付かず、マロンは「おいしいです!」と満面の笑顔だ。
「お前は編入生だから、特別に六年生以外の教科なら受けていいそうだ。気になる講義はあるか?」
「おススメはありますか?」
「そうだな。歴史学のノーチラス教授の話は面白い。何せ万年単位で話してくれる。スケールが違う。後はフリーゲル教授の天体学も。後は、地図経路学と天候学。これは欠かせない」
「……」
「何だよ」
「ミディール様はカレッジがお好きなのですね」
「はあ? お前の質問に答えただけだろうが!」
「私、全部受けてみたいです」
「まあ、初めはそれでもいいか」
それで興味のある科目を選んでもいい。
マロンはやたらとミディールの顔色を伺う。ミディールは分かっていて目を合わせないようにしていた。いちいち反応していたらキリがないからだ。
「あの、これは何ですか?」
マロンはカリキュラムを指さした。
呑気にジュースを飲んでいたジュディはにこりと答えた。
「魔法呪文学だね。魔力量がないとまず授業は受けられない。ちなみにミディールは二年で全部の過程を終えたから、教えて貰うといいよ」
「ご主人様は凄い方だったのですね。私の体もあっためてくださいましたし」
「え? あっためた? 体を?」
ジュディはジュースを零しかけた。
「訂正するぞ。まずご主人様呼びはやめろって言っただろ。それから『魔法で』あっためたんだ。授業だって――。まあいい」
正確には蘇生魔法だが。
「それより、お前。制服」
「え?」
「あ、やっと気が付いた」
「ボタン、かけ間違えてる」
「え、ええ⁉」
胸元から上が一つズレて、妙な空間が出来ている。
あわあわと動くので椅子から落ちそうだ。
「落ち着け。目を瞑っていろ。直してやるから」
「す、すみません」
マロンは顔を真っ赤にさせて顔を覆った。
メイドをしていたのに、どうしてこうも不器用なのか。
リボンを解いて、ボタンをかけ直す。
人間のふりをする妖精が自分の世話ができる範囲は限られている。
火の扱い、道具の扱い、金属に触れただけで肌が爛れる者もいる。コロポックルの文献は少なく何が苦手なのかも分からない以上、人間が面倒を見てやるのがいいのだが――。
師匠のルチア・ニースにその甲斐性があるとは思えない。
鏡くらい、と思ったが。相手は妖精だ。
――妖精は鏡を嫌っていたな。
リボンも結び直して完成だ。
「も、もういいでしょうか?」
「ああ」
もじもじと落ち着かないマロンは「申し訳ございません」と妖精語で囁いた。
すっかり委縮してしまったマロンを、ジュディが慌てて慰めた。
「大丈夫! よくあることさ。それにミディールは面倒見がいいから、今のうちに甘えておきなよ」
「ジュディ、気が付いていたなら何で指摘しなかった」
「だって、僕が言ったら君、怒るでしょ」
「は? 意味わからん」
それからマロンのカリキュラムを一通り決めたので、教科書選びへと校内の本屋〈ブック&マーカー二号店〉へと向かった。
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