第4話
「此木さん、万引きしたでしょ」
固まった。枝葉が風に揺らぐ。ぎこちなく振り返ると、彼女はあの底が読めない笑顔を浮かべたままだった。
「何の、話だよ」
口の中が乾いていた。舌が張りついている。
「ほら、床屋さんが近くにあるコンビニ。何個かおにぎりを
「あそこのおにぎりがある売り場なら、レジの目の前だろ。店員の目は節穴かよ」
「確かに、あの人はちょっと
公園の外の道路を走る自動車の排気音が遠くに聞こえた。狭いはずの公園がやけに広く、ブランコの奇妙な子供を除けば、ここには私と桜井しかいない。
肩の力が抜けた。
「だったらどうするよ。警察にでも突き出すか」
私は観念した。思ったよりも早く断罪の時が来たらしい。自分の場合、どう処罰されるのか知識が不足していた。未成年だから少年院に送られるのだろうか。ただ、この町にそういった施設はない。もしあれらが支配する外の世界へ出たら、私はどうなるのだろう。
まあ、いっか。どうでも。
「そんなつもりはないよ」
髪の尾を左右に振って桜井は否定する。眉を
「金ならないぞ」
「そんなんじゃないってば。お願いがあるの」
その言葉に強い警戒心を抱く。どういう無理難題を押しつける気なのだろう。彼女の要求は、こちらの想像を
「私と友達になって」
ポニーテールを傾けて、彼女は笑顔のまま言った。
沈黙が下りた。答える言葉が見つからないまま、
げ、と声が出た。
「ちょっと待ってよ」
後ろから声が追いすがってくる。私は走り出した。
「人の顔を見るなり
「うるさい、ついてくんな」
結局、私は音を上げた。小さな神社がある石段の前で立ち止まる。全力で走ったのは何年ぶりだろう。両膝に手を当てて息を荒げる私の顔を、桜井は心配そうに覗きこんでくる。
「……此木さん、もう少し運動した方がいいよ」
「うる、さい」
石段の前の道路には、
多少呼吸が落ち着いて、遠くの鳥居を仰ぐ。
桜井が不思議そうに私の目線を追う。
「神社に何かあるの」
「別に。それより何のつもりだ、お前」
ようやく鼓動が落ち着いて、桜井を睨んだ。背丈に差があるため、どうしても見上げる形になる。陸上部員は目の前に小包を差し出した。
「はい」
「何だ、これ」
「お弁当。いつもより早起きして作ったんだよ」
目を丸くした。一体、どういう意図があるのだろう。
「何の
「でも、いつまでも万引きは見過ごせないよ?」
「じゃあ、私は朝練の続きがあるから。また明日」
彼女は言うだけ言って、
「また、明日?」
途方に暮れている私の頭上で、老婆の顔をした梟が鳥のえずきに似た奇声を上げた。嘲笑されている気分になった。
小包の重みを感じながら、仕方なく歩き出した。何であれ、人から
土手の芝の上に腰を下ろし、緊張で喉を鳴らす。膝の上に広げられた桜柄の包みにはアルミ製の弁当箱が二つ入っており、ピンク色の箸が添えられていた。どうやら二食分あるらしい。小食だから、中身が詰まっていれば今日一日は腹が満たされるはずだ。
そう、問題は中身だ。空腹にも関わらず、開けるのに
私はからかわれているだけかもしれない。期待して落胆するよりは、そう考える方が気楽だ。ままよ。深呼吸をして、アルミ製の蓋を開けた。
湯気が上がった。顔面に当たる蒸気に
温かった。少し塩味が
ああ、そっか。中学生の頃は、お母さんが毎日お弁当を作ってくれたっけ。
目からこぼれたものが頬を濡らした。無表情のまま箸を動かし、誰にも見られない橋の下で泣きながら、塩の味が足された米粒を口に運んだ。
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