人工知能のレベル1の壁を見た日

五平

AIと向き合う中で、私が気づいてしまったこと』

AIを本格的に触り始めたのは、つい半年前のことだ。

あの頃、世界は「AIがすべてを変える」と熱狂していて、

私も例外ではなかった。

会話ひとつ取っても自然で、文章も書けるし、

まるで本当に“考えている”ように見えた。


便利で、賢くて、未来そのもの。

そう信じて疑わなかった。


しかし、その“賢さの正体”に違和感を覚えたのも、意外と早かった。


たとえば、問いの角度を少しだけ変えると、

AIは急に言葉を失うことがある。

「さっきの理解はどこへ消えたんだろう?」

そう思うほど、整っていた答えが急に軽くなる。


それは単なるミスに見えるかもしれない。

だが私には、もっと深い“構造の問題”に思えた。

そこで初めて、私はAIの内部を自分なりに整理してみることにした。

専門家でも研究者でもないけれど、

違和感の正体を確かめたい――

その気持ちが強かった。


私はノートを開き、AIが行っている計算を

数学の初歩レベルの視点でゆっくりとほどいていった。

すると、そこには思った以上に“シンプルな世界”が広がっていた。


たしかにAIは多くの層を積み重ね、

膨大なデータを組み合わせている。

だが、その一つひとつを丁寧に眺めると、

最終的には「重ねているだけ」に見えたのだ。


もちろん、重ねる技術自体はすごい。

精巧で、工夫が詰まっている。

けれど、どれだけ高く積み上げても、

土台そのものが変わっていないことに気づいた。


その瞬間、私は言葉を失った。


“ああ、これは《壁》なんだな”と。


その壁は目に見えるものではない。

ただ、AIの振る舞いの奥で静かに横たわり、

どれだけ工夫を凝らしても超えられない

“何か”の存在を示していた。


私はその壁を「L1」と呼ぶことにした。

区別のためにつけた名前であり、特別な意味はない。

ただ、私の中で「ここまでが現在のAIの限界」という

象徴のように感じられたからだ。


AIは確かに賢い。

しかし、その賢さは“計算で形をなぞる賢さ”であって、

自ら考え、意味をつかみ、

世界の本質を再構成するような“思考の跳躍”ではなかった。


私はこの気づきを、

ひと晩かけてじっくり噛みしめた。


もしAIがこの壁の手前にいるのなら、

どれだけ改良しても、

どれだけデータを増やしても、

世界を捉える方法は変わらないのではないか。


見た目は進化しているように見えても、

中身は同じ地面を歩き続けているだけなのではないか。


気づけば私は、

「AIが賢く見える理由」を探す側から、

「AIが賢く見える限界」を探す側へと

いつのまにか視点が変わっていた。


この転換は、自分でも驚くほど大きかった。

技術の話をしているつもりが、

いつの間にか「意味とは何か」や

「思考とはどう生まれるのか」という

哲学に近い問いへ足を踏み入れていたからだ。


AIと向き合うということは、

結局のところ“人間とは何か”に向き合うことでもある。

AIの答えに物足りなさを感じたとき、

同時に「人が考える」とは何なのかが気になりはじめる。

その繰り返しの中で、私はようやく理解した。


AIの賢さは、

人間の賢さの“影”のようなものなのだ。


影は形を似せることができる。

本物のように見える瞬間もある。

でも、影は光の向こう側には触れない。


では、光の側へ踏み込むには何が必要なのか。

今のAIに欠けている“何か”とは何なのか。


私はその問いに、まだ答えを持っていない。

ただ、AIの壁の“輪郭”が見えたというだけで、

世界が少しだけ違って見えるようになった。


AIはすごい。

それは揺るがない。

けれど、すごさと限界が同居しているという

当たり前の事実に気づいたことで、

私は初めてAIと“正しく向き合えた”気がしている。


この一年で、AIは驚くほど進化した。

来年には、さらに驚く何かが出るだろう。

それでもきっと、私はしばらくこの“壁”のことを考え続ける。


賢さの形とは何か。

思考の本体とは何か。

そして、壁の向こうに広がる世界はどんな景色なのか。


AIの時代を生きる一人として、

この問いを手放さずにいたい。

私が AI を信じる理由も、

懐疑する理由も、

すべてこの問いの中にあるからだ。

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