【短編】三人の罪人、三度の裏切り
春生直
第1話
山の上には、教会が建っている。
その日はひどい吹雪で、伝道師と守衛の2人だけが居残っていた。
守衛が外を見回ると、妙な顔をして帰ってくる。
「伝道師さん、なんだか変な女が外にいますぜ。この寒いのに、ずいぶんと薄着で、前に立ち尽くしている」
そう言われて伝道師も外に出ると、確かに女が扉の近くに立っていた。
ずいぶんと肩に雪が積もっていて、冷え切っているのか、身体をかたかたと震わせていた。
「ここは寒いですから、中へお入りください」
伝道師は、女を呼び入れた。
「……ありがとう、ございます」
そう答えた女の歳の頃は中年ぐらいで、ひどく疲れた顔をしていた。
「なんだって、こんな吹雪の日に、教会に来ようと思ったんですか」
ストーブにあたるよう勧めながら、伝道師は女に聞いた。
女は紙のように白い顔で言う。
「罪を」
「罪?」
「私の罪を、聞いていただきたくて」
伝道師の男は、少し考えた。
「なるほど、
信者が神父に罪を告白する、というのは、昔から教会で行っていることだった。
「でも困りましたね、今日はもう神父は帰ってしまっていて。私は伝道師といって、まだ見習いなんですよ」
神学校を出たばかりの人間は、伝道師という職につく。その後、修行を経て本物の神父になるのだ。
「どうです、今日はもう遅いですから、泊まっていかれたら。明日になれば、吹雪も止んで、神父も来るでしょう」
「ええ、そうさせていただきます」
女はマリと名乗った。
たわいもないことを話しながら、ふと気になったように、伝道師の男に聞く。
「お兄さんは、どうして神の道に進もうと思ったんですか」
伝道師は、しばらく面食らったような顔をして、ゆっくりと答えた。
「……実は私にも、罪がありまして」
「まあ、お兄さんにも罪があるのですか?」
マリは驚いた顔をした。伝道師の男は、苦笑しながら続ける。
「大切な人を、自分のせいで亡くしました。昔、私は会社員だったんですよ。ある大きな損失を出してしまって、責任を感じた上司が、それで。本当に申し訳ないことをしました」
「まあ……それは、お気の毒に」
「一生背負わなくてはいけない、僕の罪です」
伝道師の男は、苦しそうな顔をした。
「罪を犯したことがない奴なんて、いねえよ。俺だって、昔不倫してたこと、あるしな」
守衛の男が、彼を慰めるように言った。
そのまま、3人ともうつらうつらとしていた時のことだった。
パァン、という乾いた音がして、伝道師の男は、思わず椅子ごとひっくり返った。
見ると、マリが拳銃を構えてこちらを見据えていたのだ。
パァン、パン。
慌てて逃げるが、逃すまいとするかのように、マリは連射する。
「やめてください! どうしたんですか、いきなり!」
伝道師の男は、慌てて祭壇の陰に隠れた。
マリの顔には、確かな憎悪が浮かんでいた。
「私は、あんたが殺した上司の妻よ」
撃ち続けながら、マリは言う。
「この吹雪では、警察も来られない! この日を待っていたのよ、ずっとね!」
混乱しながら、伝道師の男は守衛に助けを求める。
「守衛さん、助けてください! 殺されてしまいます!」
守衛の男はにやにやと笑って、動かない。
「そいつは、できない相談だな」
「どうしてですか!」
マリはどんどん近づいてくる。
伝道師の男は、祭壇の裏の大きなマリア像によじ登り始めた。
守衛の男は、優雅にタバコに火をつけた。
「それは、俺はお前の上司の親友だったからよ。お前がこの教会にやってきたのを聞いて、守衛に応募したのさ。そして、マリを招き入れる、この日を待っていた」
「そんな……」
伝道師の男が、死を覚悟したその時だった。
がちゃがちゃと鍵が開いたかと思うと、何人もの警察官が突入してきた。
「抵抗を止めて、武器を下ろせ!」
銃を持って走ってきた警察官が、マリと守衛に飛びかかって取り押さえる。
「ちっ……なんでこの吹雪の夜に警察が来られるんだよ!」
それに答えたのは、しわがれた声だった。
「パトカーなら確かに、そうじゃな。しかし、ヘリコプターなら、この山の上の教会に降りてくるのは難しいことではない」
その男の顔を見て、伝道師の男は安堵した。
「神父様……!」
神父は左右を警察で固めながら、ゆっくりと歩いてくる。
「お前たちは、嘘をついている」
その眼光は厳しく、顔つきもいかめしい。
「何よ! あいつが私の夫を殺したのよ! 許せないわ!」
マリは、警察官に掴まれたまま、もがいた。
「いいや、違うな」
神父は言う。
「お前たちも、伝道師もーー知っていたんだろう。その上司が自殺した原因は、伝道師の出した損失ではない」
伝道師の男は、はっとした顔をした。
「本当の原因は、お前たち二人が、ずっと不倫をしていたことだ。それが明るみに出ることを恐れて、伝道師を消そうとした。違うかね?」
マリと守衛は、無言だった。
それは、ほとんど肯定を意味していた。
「待ってください」
伝道師の男は、叫ぶ。
「その二人を離してください。僕は、何もされていないんです」
警察官と神父は、困惑したような顔をした。
「神のもとに、罪人はいません。罪人など、どこにもいません」
伝道師の男は、聖母マリアのように笑った。
「だって僕は、その計画をずっと、知っていたんですから」
【短編】三人の罪人、三度の裏切り 春生直 @ikinaosu
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