第2話 今日から私の所有物宣言

 ガチャ、ガチャ……。

 全身に巻き付き、僕を椅子に縛り付ける硬質な鎖。

 僕は何とか脱出しようと藻掻き、足掻きながら、ぎこちない笑みを浮かべて少女に言った。


「い、命の恩人に対してなんて仕打ちをするんだよ、君は……」

「それはごめんね。でも、お話しようとしたのに、君が逃げようとするからさ」

「知ってる? こういうのはお話じゃなくて尋問って言うんだぜ? 今から拷問に変わるのかもしれないけど」

「フフ、そんな酷いことはしないって。ただちょっと、色々と聞かせてもらうだけだから。勿論、平穏かつ穏便にね?」

「鎖で縛りつけている時点で平穏でも穏便でもないんだよ」

「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。それでさ」


 何処が細かいんだよ。

 僕の抗議の視線を華麗にスルーし、少女は問うた。


「私に飲ませたエリクサー。あれ、どうやって手に入れたの? というか、どうして私に飲ませたの? 売れば億万長者、一生遊んで暮らせるだけのお金になったのに」

「……その前に、こっちの質問に答えてほしいかな」

「答えたら、私の質問に答えてくれる? 嘘偽りなく、正直に」

「……まぁ、生殺与奪を握られているわけだし」

「よし、ならいいよ。何が聞きたい? スリーサイズは非公開だから教えられないけど」

「興味ないよ……何で僕がエリクサーを飲ませたことを知ってるんだ。あの時の君は確実に気絶していただろう。猛毒の果実を口にして」


 気絶したふりではなかった。

 確実に意識がないことは確認した。それどころか、死にかけだった。僕が何を飲ませたのか、知っているはずがない。

 その疑問に、少女は当然のことを語るように告げた。


「私じゃなくて、私の使い魔が見ていたんだよ」

「使い魔?」

「そう、この子」


 言って、彼女は自分の肩を指さす。

 そこに、いつの間にか留まっていた、一羽の梟を。


「この子が傍の木の枝に留まって、現場を見ていたんだよ。その時の記憶を共有して、私は知ったってわけ」

「あぁ、そういうこと……」

「最初は疑ったけどね。エリクサーなんて伝説の霊薬を持っているはずがないし、それを見ず知らずの他人に使うなんてあり得ないって。でも……」


 少女は僕が腕に装着した『万物の宝物庫インベントリ・ブレスレット』を指さした。


「君が持っているその腕輪。収納庫アイテムボックスでしょ? 伝説級の魔導具を持っているんだから、エリクサーを持っていても不思議じゃないって思ったの」


 指摘に、僕は思わず天井を仰いだ。

 伝説級の魔導具は全て格納できていたと思っていたのに……そうだ。これだけは格納することができない。失念していた。腕に装着したままではなく、隠しておくべきだった。

 魔女の特性。そして、僕のミス。

 情報が漏れたしまった原因は、この二つだ。

 詰めが甘かった、としか言いようがない。


「さ、私は答えたよ。今度は君の番」

「……」


 観念しよう。

 諦め、僕は数拍の沈黙を挟んだ後、語った。


「あれは……作ったんだ」

「作った? 伝説のエリクサーを?」

「そうだよ」

「そんな、あり得ない。エリクサーはあくまでも伝説の代物で、調合のレシピなんてものは存在しないはず……まさか、レシピを作った?」

「いや、そんなものはないよ。今も、どうやったらエリクサーができるのかはわからない」

「じゃあ、どうやって?」

「特殊能力というか、呪いというか……僕は少し変なんだ」


 ハァ、と溜め息を吐く。


「何を作っても、いつの間にか伝説級の魔導具になってしまうんだよ。今回は街に売りに行く傷薬を作っていたんだけど……床に落としたスプーンを拾って顔を上げたらエリクサーができてた」

「え、怖……ってことは、その腕輪も?」

「昼飯から戻ったら出来てたんだよ」

「えぇ……」


 若干、じゃない。少女はドン引きした。

 そんな反応をしないでくれ。僕だって自分自身に引いてるんだから。


「ということは、エリクサーはまだあったりする?」

「『万物の宝物庫インベントリ・ブレスレット』の中にあと……五十本くらい入ってる。徹夜する時に飲んでるから、ちょっと減ったけど」

「なんて贅沢な栄養ドリンク……まぁ、君のものだから何も言わないけど」


 呆れ気味に笑い、直後、少女は指を鳴らして僕を拘束していた鎖を消滅させた。

 いきなり僕を解放して、何の真似だ?

 訝しむと、彼女は僕の片手をとり、両手でギュッと包み込んだ。


「私の疑問が解けたところで……改めて。助けてくれてありがとう」

「信じるの? 伝説級の魔導具しか作れないなんて、普通は嘘だと笑い飛ばすものだと思うけど」

「まぁ、半信半疑なところはあるけど、実際にエリクサーとか収納庫アイテムボックスを見せられているから、信じるしかないというか」


 あはは、と笑い、少女は僕を真っ直ぐに見つめた。


「自己紹介がまだだったね。私はモア=フィディック。見ての通り、魔女だよ」

「……アラン=ハイランド」

「はい、嘘。偽名でしょ。ちゃんと本名を教えて」

「ぐっ……ロゼス=リザーブ」

「うん、今度は本名だ。よろしくね、ロゼス君」


 なんで嘘ってわかるんだよ……。

 僕はニコリと笑う少女──モアに疑念と悔しさを孕んだ視線を送り……ん?


「よろしくって、なに?」

「フフ、たった今決めたことなんだけどね?」


 モアは包んだ僕の手をさらに強く握りしめ、とても良い笑顔で、とても悪いことを言った。


「今、この瞬間から──君は私の所有物にすることにしました」

「……は?」


 この子は一体何を言っているの?

 本気で理解ができずに困惑し、混乱し、思考を停止させる。

 そんな僕に、モアはドヤ顔で言った。


「魔女は高貴なる存在で、高潔な生き物なの。受けた恩義は忘れない。命を助けたのなら、私もそれに見合うだけの恩を返す。だからね? 私は君を傍において、一生守ってあげようって思ったんだ。所有物として」

「有難迷惑が過ぎる! それは恩じゃない! 仇で返しているようなものだよ! 僕の平穏な生活を壊さないでくれ! あとせめて人間扱いしてよ!」

「大丈夫。ほら、私って可愛いでしょ?」

「何が大丈夫なのか全然わからないんだけどッ!」

「って、君は抵抗するけどさぁ」


 モアは窓の外を指さした。


「ここで私の提案を拒否したら、君はいずれ屈強なおじさんたちに誘拐されるかもしれないよ?」

「は? ど、どういうこと?」

「森の中に引き籠ってるから知らないでしょ。今、外の世界では魔法道具職人を抱え込む動きが活発になっているの。特に高位の魔導具を作れる職人は、誘拐をしてでも手に入れるって感じかな」

「なんでそんなことが……」

「それだけ職人の数が少なくなっているのと、質が落ちているから。伝説級の魔導具を作れるなんて知られたら……それこそ、君を巡って戦争が起こる。冗談抜きで」

「……」

「だから、そうならないために、私が──いや、私たちが守ってあげる。安心して! 私の仲間たちは全員美人で、超可愛いから! 私の次くらいに!」

「容姿は別にどうでもいいよ」


 自分が一番というのは譲れないらしい。

 それにしても……暫く外に出ていない間に、そんなことになっているとは。

 この森は危険な猛獣が数多く生息しているので、暫くは大丈夫だと思うけど……ずっと安全、とも言えないらしい。こんなところまで職人を探しに来るものはいないと思うけ、ど……あ。


 とある可能性。

 最悪の行動。

 ふと思いついた僕は、モアに尋ねた。


「ねぇ、モア」

「ん?」

「ないとは思うけど……もしも僕が拒否したら、僕がここにいることを誰かに喋ったりする……なんてつもりじゃないよね?」

「そうしてほしくなかったら、首を縦に振ればいいんだよ♪」

「畜生がッ!」


 魔女、いや、悪魔め!

 僕は頭を抱えた。まさかこんな形で僕の平穏な生活が終わりを迎えるとは……。

 よくないことではあるけど、僕は少しだけ、モアを助けたことを後悔した。


「まぁ、一晩時間をあげるからさ」


 僕の傍から離れたモアは果実酒の瓶に口をつけ、言った。


「明日の朝、答えを聞かせてよ」

「一応、選択させてくれるんだ?」

「勿論。私は優しいからね」

「自分で優しいって言う人ほど、実際は優しくないものだよ」

「かもね。まぁ、とにもかくにもそういうことだから、よろしくね。私はもう少し眠るから」


 そう言い残し、モアは寝室へと消えていった。

 パタン。ゆっくりと扉が閉じられ、途端に静寂が部屋に満ちる。


 魔女の庇護下、か。

 考えたこともなかった未来。一人ではなく、誰かに護られる人生。

 眼前に提示された未来をぼんやりと考え、天井の木目を眺める。

 少し後、僕が出した答えは──。

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