第1話 助けてあげた少女からの逃走
「流石に美味いな……」
日没後。
帰宅した僕は眠る少女を寝室のベッドに寝かせた後、ロック鳥の解体作業と調理を手早く済ませ、少し遅めの夕食を取っていた。
室内には香ばしい、食欲を唆る香りが漂う。
今日はあまり時間がなかったので、シンプルな焼き鳥にした。こんがりと表面を焼き、塩とスパイスで味を付け、串に刺したそれを豪快に頬張る。
甘味すら感じられる脂、肉本来の芳醇な味、少しピリッとしたスパイス。全てが調和し、僕の舌を喜ばせ、空の胃袋を満たしてくれる。
あまりにも美味しい。
まさに伝説級。市場では滅多に出回らないので相当な金額で取引されるそうだけど、それだけの価値がある。プロの料理人が調理すれば、もっと美味しくなるのだろう。
食べてみたいとも思うけれど、僕にはそんな伝手がないので諦めよう。今でも十分に満足できるし、欲張りは良くない。
少し前に街で買った果実酒を口に含み、フゥ、と一度食事の手を止める。
今日の食事は普段よりも格段に美味しい。
それは極上の食材にありつけているという理由もあるけれど……一番は人助けをしたからだろう。
良いことをすると気分が良くなる。
気分が良くなると必然的に飯が美味くなる。
ビバ、人助け。この味はきっと生涯忘れることがないだろう。
そう考えると、あの魔女さんにも感謝しなくちゃいけない。毒リンゴを食べてくれてありがとう。おかげで僕の食事が美味しくなった……なんていうのは、流石に不謹慎かな。
まぁ、なんにせよ……今はこの食事を堪能しよう。夜はまだ長いのだから。
僕は窓の外に向けていた視線を正面に戻し、止めていた手を次の串へ伸ばし──あれ? と違和感を抱いた。
おかしい。
明らかに串の数が減っている。
まだまだ沢山あったはずなのに、皿の上には数本しかない。
妙だな。酒を飲んで記憶力が鈍ったのかな?
まぁ、まだまだあるので、また作ればいいか。
と、僕は深くは考えず、キッチンへ向かおうと席から立った。
「あ、キッチン行くならついでに飲み物持ってきてくれる? 喉渇いちゃって」
「あぁ、飲み物ね。確か冷えた果実水が──え?」
なんの違和感もなく、はじめからそこにいたかのように掛けられた声。思わずしてしまった返答を途中で止め、そちらを見る。
するとそこには──座っていた。
僕が助けた、魔女の少女が。
両手に焼き鳥の串を持ち、ぺろり、と妖艶な仕草で唇に舌を這わせる美貌の乙女が。
僕は動きを止め、硬直する。
回っていた酔いが急激に冷める。
一体いつの間に? 数秒前まではいなかった。確実に、断言できる。寝室の扉も閉じたままだ。魔法を使って移動したのか? 空間転移の魔法とか……いや、そんな高等魔法が使える魔導師なんて、この世界に何人いるか。
というか、やっぱり焼き鳥の串が少なくなっていたのは気のせいじゃなかったみたいだ。食べるなら一声かけてよ……。
動揺しながらも冷静に考え、僕は一つ深呼吸を挟み、少女に声をかけた。
「目が覚めたみたいだね、良かった」
「お陰様で。助けてくれたことと、焼き鳥をありがとう」
「いや、別に。僕は倒れていた君を運んだだけだから。焼き鳥については君が勝手に食べてるだけだろ」
「いやぁ、あまりにも美味しそうな香りで、身体が反射的にね」
「反射で人の食い物を横取りするなよ……」
存外、態度が大きいな。
清楚、おしとやかな印象を受ける外見とは随分異なる。まぁ、その辺りは魔導師といったところか。
とりあえず、エリクサーのことは誤魔化せて良かった。
安堵の息を零し、僕は席に座り直した。
「あれ? キッチン行かないの?」
「後で行く。喉が渇いているなら、果実酒を飲んでいいから。飲めるだろ?」
「勿論。大好物だよ」
果実酒入りのボトルを差し出すと、少女は嬉しそうにそれを受け取り、直接飲み口に唇をつけた。
なんて豪快な。
見ていて気持ちがいいほどの飲みっぷりに感心すらしつつ、僕は彼女に尋ねた。
「身体は大丈夫? 怪我とか」
「ないよ。確認したけど、掠り傷一つない」
「それは何より。で、質問なんだけど」
頬杖をつき、僕は一番の疑問を口にした。
「なんでこんな森の奥深くで倒れていたの? 遭難でもした?」
「そんなところかな」
少女はこれまた豪快に焼き鳥を頬張り、肯定した。
「魔法で空を飛んでいたら、いきなり大きな鳥に襲われてね。バランスを崩して、そのまま真っ逆さまに落ちちゃったんだ」
「それは災難だったね」
「うん。で、もう一度飛ぼうと思ったんだけど、その前にお腹が空いちゃって。何か食べるものないかなーって周りを見たら美味しそうなリンゴがあって……それを食べたら苦しくなって、気絶しちゃったの」
「森の果実は知識がないまま食べたら駄目だよ。見た目は美味しそうでも、猛毒を持っているものも多いんだから」
「そうみたい。今回のでよく学んだよ」
「でも、運が良かったね。命を落とさない程度の毒で。あ、もしかして解毒の魔法を使った……と、か?」
誤魔化し、惚け、会話を進める。
だけど、そこで気がついた。
少女が食事の手を止め、不敵な笑みを浮かべてジッと此方を見つめていることに。
まるで、僕の演技を全て見抜いているように。
嘘を知っているように。
僕の全てを見透かしているように。
ま、まさか……知っているのか?
ゴクリ。鼓動が加速するのを自覚しながら、無自覚に口内に溜まった唾液を喉に通す。
同時に、少女が口を開いた。
「ねぇ、そろそろ嘘はやめない?」
「う、嘘って何が──」
「エリクサー」
決定的な言葉を告げ、少女は自分の唇に触れた。
「私に飲ませてくれたでしょ?」
「な、何のことやら……」
「嘘が下手だね。声が上擦ってるよ?」
逃さない。そう告げるかのように、彼女は僕の瞳から視線を逸らさない。
悟った。
誤魔化しは通じない。嘘は全て見抜かれる。
このままでは全てゲロることになってしまう。
僕の平穏がぶち壊されてしまう!
絶体絶命のピンチ。
日常が崩壊する直前。
これを回避するにはどうするべきか。
考え、考え、僕が出した結論は──。
「……話は長くなるよ?」
「構わないよ。時間は無限にある」
「そっか……なら、まずは料理と飲み物を追加しよう。少なくなってきたし」
言って、立ち上がる。
勿論嘘だ。向かう先はキッチンだけど、目的はそこにある裏口。
逃げるのだ。
この家は捨てる。道具類はまた作ればいい。大事なものは全て格納してあるのだから、この家を惜しむ理由はない。
今は逃げるが勝ちだ!
と、僕は平静を装い、何食わぬ顔でキッチンへと向かった──が。
「はい、嘘」
「へ? ──あ、ちょ!?」
パチン。
少女が指を鳴らした直後、虚空から現れた鉄の鎖が僕に巻き付き、拘束。そのまま引き寄せ、僕を強制的に着席させた。
「な、何の真似──」
「逃げるつもりだったでしょ?」
「……そんなことはない」
「フフ、本当に嘘が下手だね」
面白そうに笑った少女は果実酒のボトルを左右に振り、柔らかな声で告げた。
「夜はまだまだ長いんだし……お話、たっぷり聞かせてね?」
「……」
詰んだ。
僕は平穏な生活の終わりを悟り、ガックリと項垂れた。
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