第3話 魔女への信頼

 たった一夜でとんでもないことになってしまったなと、心からそう思う。

 商人さんからの依頼で森に魔物除けの結界を張りに来ただけだったはずが、いつの間にか破滅の魔女を殺すなんて約束をしてしまった。


 正直、魔女との出会いが衝撃的すぎて結界を張りに来ていたことを忘れてしまいそうではあった。

 と、いうことで魔女のことは後で考えることにして目先の問題を解決するために結界を張らなければならない場所へと歩いていたのだが……


「……なんでついてきてるんですか」

「ああ、私のことはお構いなく」

「いやそれは無理でしょう……」


 なぜか魔女もついてきていた。

 というかなんでついてくるのが当然であるかのような様子なのだろう……


「現代の聖女は強情ですね。たかだか魔女が一人ついてきているだけではないですか」

「聖女の後ろに魔女がいるこの状況は明らかに異常だと思うんですけど……」


 本来、私とこの魔女は敵同士だ。というか、私の目標は彼女を殺すことだし。どうしていつか殺さなくてはならない相手が私と共に行動しているのだろう。


「ああ、私のことはノーゼンと呼ぶように。魔女と呼ばれるのは、あまりいい気はしないので」

「あ、すみませ……なんで私が謝っているんですか」


 この魔女と話していると、どうにも調子が狂う。分からないことだらけで頭が混乱してきそうだ。


「というか、私についてきている理由を教えてもらってません。私、まだこの森でやらなきゃいけない仕事があるんですけど」

「知っていますよ。魔物除けの結界を張るのでしょう? なのであなたについていっています」


 なんで知っているんだ……

 いや、それ以前に結局理由は分かっていない。


 なので、ってなんだ。全く繋がりがなかっただろう。

 そんな考えが表情に出てしまっていたのだろうか。今度は魔女……ノーゼンの方から口を開いてくれた。


「まだ分かりませんか? あなたが結界を張っている間、私があなたを守ると言っているんです」

「それは……ありがとうございます?」

「礼などいりません。あなたには、私を殺すまで生きていてもらわなくてはならないので。先程のように魔物の不意打ちで死なれては困ります」


 ぐうの音も出ない……。

 実際、結界を張るにあたって護衛の一人も付けてこなかったのは失敗だったと思っている。普段なら国の兵士さんに頼んで守ってもらうのだが、今回は夜の依頼だったこともあって単独での行動になってしまった。夜に突然兵士さんを呼びだすのは、どうにも気が引けてしまったのだ。


 その結果自分の死を招きかけているのだから、あまりにも浅慮だったと言わざるを得ない。たった一度の甘い考えのせいで命を落としました、なんて笑いたくても笑えない。


 正直、一人で結界を張りに森に入ることは不安ではあったのだ。そういう点では、ノーゼンが守ってくれるというのはかなり安心感がある。彼女の力量については、疑う余地はないのだから。


 問題なのは彼女が魔女だという点なのだが……どうしてだかは分からないけれど、これまで一切敵意を見せてきていない。少なくとも、突然裏切るようなことはないように見える。


 真っ直ぐに私を捉えていたあの目に、嘘はないように思えた。きっと彼女は本心から私に殺されたいと願っている……何の確証もないが、そう思えて仕方がない。


 そんなことを考えているうちに、結界を張る場所に着いてしまった。この場所の結界は、これまで張りなおしてきた場所と比べて明確に魔物除けの効果が薄まっている。護衛なしでこの場に留まり続けるのは相当危険だっただろう。


「着きましたか。この辺りは魔物の気配が先程よりも濃いですね。私がしっかりと守りますので、あなたは結界の展開に集中してください」

「はい。……その、ありがとうございます」


 その後は、ただひたすらに結界を展開することに集中しておけば何も問題はなかった。ノーゼンのしっかりと守る、という言葉に嘘はなく、彼女の魔法の射程に入った魔物の悉くが消し炭となっていた。


 最初こそ少し不安を感じたものだが、守られているということを実感するとそんな不安はどこかに飛んで行ってしまっていた。

 まだ完全にノーゼンのことを信用したわけではない。ないけれど、少なくとも今この場は彼女に任せてしまって大丈夫だろうと思えた。


 結界を張ることのみに意識を割くことができたおかげで、普段なら一時間ほどかかる結界の展開も十分以上早く終わらせることができた。この調子ならば、明け方までに間に合いそうだ。


「ふむ……この地点の結界の展開は終わったようですね。では、さっさと次の場所に移動しましょう。こんな森に長居する理由はありません」


 残された二ヵ所の地点も、ノーゼンが守ってくれたおかげですぐに終わらせることができた。ここまで結界を張ることだけに集中できたのは初めてだ。ノーゼンがいなかったら、朝日が昇り切るまでには間に合わなかっただろう。


「お疲れ様です、アイリス。いい仕事ぶりでしたね。さすがに、歴代最高の聖女の教えを受けただけはあります」

「いえ、ノーゼンが守ってくれたから結界を張ることだけに集中できただけです。私一人では、とてもこうは……」


 そう、これはあくまでノーゼンが守ってくれたからこその早さなのだ。無事にこうして生きているのも、朝日を望むことができているのも、全ては彼女のおかげ。それが分からない私ではない。


 先代であれば、たとえ一人であっても私のように死にかけることはなかっただろうし、もっと早くこの仕事を終わらせることだってできていただろう。


「おや、これは本来一人でするべき仕事ではないでしょう? 結界は十分すぎる強度でしたし、それを一時間とかからず展開できていたあなたの実力は本物だと私は思いますが」

「それでも、先代なら……」


 朝日が昇ってきたことで、木々の影が私たちに覆いかぶさる。

 もう少し歩けばこの森を抜けて、いつも通りのジオスパイロスの街に着くのだ。きっとそこで待っているのは、結界を張りなおしたことに対する賞賛でもお礼でもなく、それを当然として受け入れる民の姿。


 しかし、偉大な先代を継ぐとはそういうことなのだ。どこまで自分にできることをしても、大きすぎる功績の影は付きまとってくる。


「ふむ……では、帰り道は雑談がてら、その先代の聖女についての昔話でも聞かせてあげましょう」

「先代の……昔話……?」

「ええ。私がしっかりとこの目で見てきた、あなたの知らない先代の話です」

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