第2話
メッセージで送られていたマップの位置情報を見て、
「どうしてわざわざ原宿なんて目立ちそうなところで……」
しかも駅を出てけっこうすぐの場所なんだよ。大丈夫かなあ――なんて思ってたら、妙なザワザワ感があった。
ごちゃごちゃに混ぜたるつぼの中の会話たちって感じじゃなくて、ある一方向に向かった会話とか声だったんだよ。
「あれって、恋カタで出てた子だよね」「えー、もしかして撮影? それともプライベート?」「もしプライベートだったら相手は……」
そんな会話たちを耳にしながら人の群れをゆっくりと抜いていって、私は顔を覗かせた。そしたらちょっとビックリしちゃったよ。
色とりどりのスツールがあるところで、赤いスツールに腰を掛けた制服姿の朱南が人目を気にせずに待っていたんだから。逃げ回ってた私とは大違い、目立ってようが気にしないって感じだったよ。
朱南に近づいた瞬間、パッチリとした目で私を見てきた。
メイクも相まってかわいらしい目なんだけど、不審者って思われたかな……その目は無関心な雰囲気が漂っていたよ。
「……朱南さん。私、
私が帽子を上にあげて顔を見せると、乾いたような雰囲気も一変した。
「えー、黄央ちゃんなの? 朱南気づかなかったあ」
「ごめん。今日朝からいろんな人に絡まれちゃったから――あっ……」
ざわめきが大きくなってると思って横を向けば、私たちのことをスマホのカメラで収めようと周りの人たちが撮り始めてきた。動物園の人気動物みたいな気分だよ。
さっさと離れた方がよさそう。私は朱南に言った。
「ねえ、朱南さん。ここから早く離れない? それと用事って? 私のせいで迷惑が――」
「用事? そんな約束したっけ? 放課後デートしに来てくれたんでしょ、違うの?」
少し戸惑ったけど、そっか――私たちは〝いちおう〟付き合ってるって設定。
いくらプライベートとはいえ、こんな人がいるなかで恋愛リアリティーショーの『ウソ』をバラすのはプロとして失格だよ。私も朱南みたいに『ウソ』を突き通さないと。
私はひと呼吸、間を置いた後にキャスケット帽を取った。
「そうだよね、今日は私たちの放課後デート」私は赤いスツールに座ってる朱南に手を伸ばした「朱南さん、今日はどこに行く?」
「竹下通りを、ふたりで一緒に」朱南は私の手を取った「お願いできる黄央ちゃん」
「問題ないよ。だって私たちは恋人なんだから」
彼女の手を優しく引いて、そのままピタッとくっついた。周りからは「おお!」と
私は朱南のことを少し勘違いしてたみたい。
撮影の合間の時とかは少しでも手が空くとスマホで何かいろいろやってたりしてて、インフルエンサーに対するイメージってあんまりよくなかったんだけど、演者としての意識はしっかりあるらしい。私も意識を高めて、しっかりやろう。
◇
この即興恋愛リアリティーショーには台本があるわけじゃない。どうしたって周りからはジロジロ見られたりする。
時々、「あんな番組ウソだよ。デートもヤラセでしょ」なんて声もやっぱり聞こえたりする。でも『ウソ』だったとしても私は演じないといけない。
だって、もしも映像の中のヒーローが「あんなのウソだよ」なんて笑い気味に言ったら、見ている人たちに失礼だと思う。私のためにも、期待してくれてる人のためにも、私は演じるよ――この恋愛リアリティーショーを。
「あっ、
クリームたっぷりのクレープを朱南が私にって勧めて注文してくれて食べたんだけど、ほんとうに凄まじい量のクリームでビックリ。口元にクリームをつけずに食べる方法があるなら逆に教えてほしいよ。
朱南が私の口元をティッシュで拭いてくれたから、ありがとうって伝えようと朱南の方に顔を向けた。
そしたら「待って。言ったでしょ、ほっぺにクリームって」そう言って、私より小さな手の指で頬のクリームをすくい取ると、朱南は自分の口へとそのクリームを入れた。
「――うん、美味しいね。こんな味するんだ、このクレープ。甘さ控えめ」
朱南の行動に私はぎょっとしちゃった。
甘めの〝ドキッ〟――じゃないよ、控えめな〝ぎょっと〟だよ。ここまでするんだって思っちゃった。
でも、朱南は上機嫌な表情をしている。後ろから視線を送る人たちも「おお……おおっ!」って喜びの声が上がってる。
正直な話、すごい――と思ったよ。『恋のカタチ、どんなカタチ』の撮影中は彼女のお芝居に身が入ってないって感じがあったけど、今回は違う。しっかりと人に魅せる演技をしている。
きっと、この短期間で努力したんだろうなあ。
これが台本のない『ウソ』の演技だとわかってる私から見ても、本当に私の恋人として振る舞ってるように見える。これはうかうかしてられないよ、私も本気で朱南の恋人としての演技を見せないと――。
「なら私にも、そっちのを味見させてよ」
私が朱南にそう尋ねると、「いいよー、あげるねー。朱南のストロベリーチョコバナナスーパーミラクルホイっ――」そう答えてるあいだに私は彼女の背中に手を回して、彼女のクレープを持っている手に触れた。
傍から見れば、片手で朱南を抱き寄せてる姿になってるはず。そのまま私は朱南の手をリードしていって、見るからに甘そうなクレープに私は口をつけた。
「――うん、とっても甘い。この甘さは朱南さんからの私への思いも含めてかな?」
ちょっとばかり見開いた彼女の目は、丸い目をより丸くさせてたよ。私たちの後ろからは「おお! ――おおォ!」なんて声と一緒に悲鳴交じりな「キャー!」と「ワアァ!」が上がった。
そんな歓喜が響くなか、ほどなくして朱南からの返答がやってきた。
「そうだよー。朱南からの黄央ちゃんへのたっぷりな思い。甘すぎちゃったりする?」
「ううん、私はもっと甘くても平気だよ。控えめなんかじゃなくてよかった」
「なら黄央ちゃんからの朱南への思いは甘さ控えめってことなの?」
にこやかに……でもどこか小悪魔的な顔で朱南は私に問いかけてきた。いい演技、私も負けないように応戦しないと。
「そんなことないよ。もしそう思うならクレープ交換しよう。朱南さんに対する思い、その甘いクレープを通して見せてあげる」
「とっても嬉しいな朱南は。とっても甘いもんね、これ。黄央ちゃんのクレープの方が好きかも」
じゃあ交換ね、と朱南は続けて言って、私が持っていた甘さ控えめのクレープを空いた手で取って、彼女の背中に回していた手には甘いクレープを渡された。
なんだか、この甘いクレープを押し付けられたような気がするけど、台本がないから仕方ないよ。
しょうがないけど、全部食べよう。信じられないぐらい甘いけど……ね。
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