女×女の恋愛リアリティーショーは今日も終わらない

鴻山みね

第1話

 もう私の言うセリフは決まってる。


 どこに言うかっていえば、浜辺にいる私たちを捉えた大きなレンズのカメラに向かってじゃないよ。

 遠いカメラなんかじゃなくて、近くにいる女の子。私と同じ、高校一年生の女の子。その子に向かって言うんだよ。


 目を見つめて――はっきりと――。



朱南しゅなさん、私と付き合ってください。同じ女の子でも、私は朱南さんが好きです」



 きっと、いまの私の表情はカメラのレンズを通して、その表情がデータとして保存されてるはず。でも、それって使われないと思うよ。

 だって、次に映すのは私の表情なんかじゃない。私の瞳がカメラのレンズみたいに捉えてる女の子。その子の表情だから。



「告白してくれてありがとう黄央きおちゃん。その気持ち、とっても嬉しいな朱南は」



 彼女は緩く口を結んだよ。簡単に引っ張れば口が解けちゃうぐらいに緩く。

 私は何も言わないよ。どうしてかっていえば――置くんだよ、間を。

 私も朱南もここで、間を置けって言われてるから。しっかり間を作り上げるんだよ。


 そのあいだに考えるのは、彼女の――朱南のことかな。


 いまの私には真剣な表情が必要だから、朱南の顔を見ていろいろ考える。

 流行りの風がびゅうっと吹いた瞬間に、もうその流行りを取り入れているメイク。私を見るのに少し上向いた顔は夏の太陽のおかげで、彼女の顔に乗ったパウダーをキラキラとさせてる。

 まつ毛の長さは過剰には盛らないらしい。けっこう意外。クセ毛を生かした外ハネは、いろんな工夫をしたのかなーって思える。そうだよね、だって彼女は……火雀朱南ほじゃくしゅなは――。


 カチン! と視界の外で鳴ったのは合図。


 そう、間はもう終わり。演出がココでって、カチンコを鳴らしたってことだよ。あとで編集で消されるカチンコの音をね。


 セリフは私からじゃない。私の告白を受けた、『とっても嬉しい朱南』がココでセリフを言う。だから私の次の準備は表情を用意すること――もちろん、あの表情を。結果はわかってるから。



「……はい。朱南も黄央ちゃんのことが好き。付き合おっか、朱南たち」


 彼女からの明るい表情と声を聞いた私は頬を緩ませて緊張の糸が解けたってぐらいに安心した表情を出して、喜びを表に作った。


「ありがとう、朱南さん」



 私と朱南は、ぎゅっと抱き合った。長い抱擁の時間が経つ。


 きっと、テロップでは『黄央と朱南のカップル成立』とか文字が出て、画面の右か左の端にいるワイプのゲストが大喜びしたり、泣いたりしてると思う。


 画面の向こうの人たちも、口に手に当てるか目に手を当ててながら涙を流してるはず。もしそうじゃなかったら、気に入らなくて怒ってるかな。でも、あまりいろいろ言われても困るよ。


 だって、恋愛リアリティーショーは最初から結果が決まってるんだから――。



   ◇



 いま、私の席にはたくさんの生徒たちがいる。前はもちろん、右を見ても、左を見ても、いちおう後ろも見たけどふつうにいた。



黄央きおちゃん、『恋のカタチ、どんなカタチ』見たよ。わたしめっちゃ感動しちゃったー」「中土なかつちさん、あの告白ってガチなの? えっ、ほんとうに付き合ってるの? えっ、ガチ?」「役者目指してるんだよね? やっぱりあれって台本とか……あったり?」



 昨日、私が出演していた恋愛リアリティーショー、『恋のカタチ、どんなカタチ』の最終回が放送された。

 夏休み始まってすぐに撮影に入って、放送は夏休みが終わったときだった。それで昨日、放送されたわけなんだけど、なんだか大変なことになったよ。


 最終回は話題にはなりそう、なんて思ってたけど、まさかこんな話題になるなんて。

 だって、SNSを見たらトレンドに入ってて、他の出演者の名前なんてほとんど出ないで私たちのことだらけ。


 学校についた瞬間から、ずっと番組の話。もう放課後だっていうのに、全然人が少なくならない……それどころか増えてる気だってするよ。


 毎度のごとく似たような話を返すのにも疲れちゃった。

 いちおう言うと、こんな感じの話だよ。



Q.「ほんとうに告白したってこと?」

A.「そうだよ、告白したよ」……台本通りに告白したよ。

Q.「あれって台本?」

A.「リアリティーショーだよ」……台本が無いとは言ってないよ。

Q.「ちゅーとかした?」

A.「どうかな」……してないよ。

Q.「ガチぃ?」

A.「ガチぃ!」……ガチぃ。



 こんな話をぐるぐる、ずっと聞かされて答えないといけないのは本当に疲れちゃうよ。さすがに気分も悪くなってきた辺りだった、うるさいざわざわを切り開く大きな声が私を呼んだんだよ。



「ハイハイハーイ! みなさん、きおっちには用事があるんですよー。いますぐに、このわたし――小津杏子おずあんこが回収しまーす。さあ、どいたーどいたー!」



 声が聞こえても、たくさん人がいてなかなか来れない様子。私が首をぐーんと伸ばしても全然見えなかったよ。


 杏子は周りから「うちらまだ話ししたいんだけどー」とか「中土さんだって迷惑なんじゃないのー」とか「つまんねー、映画もどき撮ってんじゃねーよ、杏子餅」だとか、時々ひどい暴言が飛び交ってた。



 そんななかでも杏子は「じゃかしいボケェ! おまえらなんぞ、この場で一人ひとりわたしが蹴散らせてやったっていいちゅーことを、見せつけてやろーかー? そのうるさい顔面を蹴られたくなきゃ、さあ、さあ、どいたーどいたー!」と女の子っぽくない変な方言を使いながら、周りの女の子たちをかき分けてやってきた。



 ヒーローって誰を意味するのか。漠然とそう考えるときってある。


 私が小さい頃から見てきたいろんな映画たちには、たくさんのヒーローがいたよ。強いだけじゃない、きれいだったり、かっこよかったり、かわいかったり、並外れていたり――いろんなヒーローがいた。

 私もそういう映像の世界でみんなのヒーローになれたらなあって思ってた。だから役者を目指して、いまは駆け出しの俳優として映像に私の姿が映ってる。


 ヒーローは映像の中にしかいないって考える人もいると思う。だけど、私にはいる――それも現実に。


 意図的に作り出された世界にいる、台本のあるヒーローじゃないよ。

 意図のない世界に立っている、台本のないヒーロー。

 まっすぐな目を持って、映画監督を目指す、私のヒーロー。



「きおっち、行こ。次に作る映画のアイデア聞いてよ」

 見た目も性格もガサツで、古めかしい色の濃いベージュのキャスケット帽を被った杏子の手を私は取って、席から立ち上がった。

「主役は?」

「そりゃあたりまえよ、きおっちしかいないでしょ」

「――うん、いいね。行こう」



 私は頷いて、杏子と一緒に教室を出て行ったよ。

 それにしても、出るまでも大変だったよ。教室の外まで人がいるんだから。


 もしこれが映画だったら、カメラはきっとスローモーションで走る私たちを撮影するはず。正面からだったり、上からだったり、音を切ってココだってシーンになるよ。見せ場のひとつにだってなるぐらい、いいシーンだと思う。


 悪くなってた気分も、よくなっちゃったかな。走った……おかげ?



   ◇



 私と杏子はなんとか逃げ回って、遊具が二つしかない小さな公園まで来た。背もたれもないベンチに私たちは座ったよ。



「……あっつー。きおっち、これは数日かなり大変なことになりそうだ」

「はあ……はあ……、ほんとうに……そのとおりだと思うよ、私もそう思う。首熱い……」



 胸の高さまである髪のせいで、熱がこもってる。けっこう疲れちゃったから髪をどかす気にもならなくて、息を整える方が最優先事項になってた。


 九月の残暑が私の火照った身体に攻撃してくる。今更ながらに番組出たことを後悔気味だよ。こんな目に合うんだったら、出なきゃよかったって思う。


 ――でも、そういうわけにもいかないんだよ。

 いろいろ自由になんでも買ってもらえた私の家が裕福な方だってことが、ここ最近になってやっと理解できてきたけど、業界にコネがあるわけじゃないし、特別知り合いがいるってわけじゃない。


 だから恋愛リアリティーショー番組の『恋のカタチ、どんなカタチ』はチャンスだった。ちょっと現実的な話しちゃうけど、実はけっこう業界にコネがある人もいたりする。道のりを用意されてる子がいるってこと。


 でも、そうじゃない枠も存在していて、ヴィジュアル重視の枠がある。私はまさにそこにフィットできた。


 自画自賛……したいわけじゃないけど、背もあるし、顔もいい(客観的な意見だよ)、それになんていたって私は役者なんだよ。

 恋愛リアリティーショーっていっても台本はある。リアルっぽく振る舞ってても、みんな演者なんだよ。だけどそのほとんどが、お芝居が得意ってわけじゃない。モデルとかタレントとか、それこそ私が告白した朱南みたいな……。


 目指すものはみんな違うから仕方ないんだけど、お芝居ができる人が少ないとが持たない。要は映像に説得力がなくなっちゃうんだよ。


 リアルに見える映像――って言葉の中には、実は隠された言葉がある。あれって本当は……こういう意味。


 リアルに見える(ような、ウソの)映像――なんだよ。


 つまり、そんな『ウソ』を支えるにはお芝居のできる役者が必要。だから私が選ばれた理由でもあった。少しでも仕事をして実績を積まなきゃ私みたいにコネのない役者なんて、どこだって相手にされない。

 だからこそ、今回のお仕事は知名度や実績を挙げるいい番組だと思った。


 けど、ここまで日常を荒らされたら、ちょっとは後悔するよ。あの告白だって、ただの〝台本〟なのに――本気にされたって困るよ。



「んー、まだ熱いよ……」



 考え事しちゃったせいで、余計に熱くなった気がした。言葉に出すつもりもなかったんだけど、ぽろっと言葉が出た。そしたら、私のところに杏子が寄ってきて後ろに回った。

 手が――杏子の手が私のうなじにちょこんと触れて髪を持ち上げていった。



「気温だって暑いんだ、この時期ぐらい少しは短くしたらどうなのよ? あのあっつそうなリゾート地での番組もこの髪――いまからわたしが切ってあげよーかー」

「杏子わかってないなー。これは、私のイメージなんだよ。髪型を変えてたら、せっかく私を知ってくれた人が私を忘れる。だから印象に残りやすいように、あまり見た目は変えないようにしてるんだよ」

「恋愛ウソウソショーが大受けしたからって、一人前になっちょるなあ。そんな一流役者様には、わたしが直々に風を与えて進ぜよう」



 後ろからハンディファンの音が聞こえだすと、風が私のうなじに当たって熱を溶かしていった。今日一日のなかで、一番いい時間。気持ちのいい時間だよ。

 風を浴びてたら、頭も冷えてきたかな。私は後ろを振り向かずに杏子に聞いた。



「ねえ、杏子。映画のアイデア――次、どんなの撮る考えなの?」

「んー。まあ、そう焦らんでも、涼んでからだって遅くはないっちゅうに。それよりも、あの自分がかわいいと思ってるインフルエンサー、名前はえーっと――」



 スマホの通知音「ユー・ガット・メッセージ!」が鳴った。後ろで名前が出ずに悩んでる杏子を差し置いて、届いたメッセージを見ることにした。


 だって昨日の放送以降、なんだか過敏になっちゃってて、炎上してないか気になっちゃうんだよ。家族とかマネージャーだったら早く見ないと――って感じなんだよ。メッセージを送ってきた名前を見た。その名前は――。



火雀朱南ほじゃくしゅな……さん」

「ああ、そうそう、朱南か。インフルエンサーとかいう虚構の土台でふんぞり返ってる火雀朱南。自分が滲み出すぎてて、演じるってことをなーんもわかっちゃおらんわ」



 後ろで何か言ってる杏子は一旦放置して、私は朱南からのメッセージを見た。何か私が迷惑掛けた……昨日の放送のせいで、私に連絡しないと危ない事態に……悪い方向ばかり頭を駆け巡ったよ。


 バクンっ! とする心臓の音を感じつつ、ディスプレイに映されていた文字は意外なものだった。



黄央きおちゃん撮影以来だね。急なお願いなんだけど、ちょっと今から放課後デートできない? ダメそう……?』



 撮影が終わったあの日以来、メッセージなんて今まで一つもこなかったのに、急に放課後デートなんてどういう状況? ……もしかして、メッセージじゃ言えない、直接じゃないといけない事柄だったりするのかな。


 私がメッセージの内容について考えを巡らせてたら、うなじをハンディファンで突かれた。



「きおっちどーしたんやあ? アホらしい脅迫メッセージでも届いたか?」

「う、ううん。違うよ」私は間を置いて続けた「マネージャーからメッセージがきてて。少し話し合おうって」

「そりゃそうだ。群がるアホどものこと考えないといけんちゅーのは、わたしも同意。場所はどこだー? 歩いてる途中でフィクションのエフ(F)の字もわからんアホどもを撃退するために、わたしも一緒について――」

「気にしないでいいよ。誰もが私を知ってるわけじゃないから。じゃあ、行ってくるね」



 持ち上がっていた髪も杏子の手から落ちて首に重さを感じた。早く行こうって歩き出そうとしたとき、「ちょいちょい待ちなきおっち。こっち向きな」と杏子が私を呼び止めた。なんだろうって思って、顔を向けたら私の頭に「ポンッ」と帽子が置かれた。



「キャスケット帽?」

 私は頭の上にある杏子の帽子を触った。ベージュ色のつばが見えるよ。

「いま話題の一流役者様を守る帽子ってところよ。リアリティーショーが『ウソ』だともわからんアホどもから守ってやる帽子。――気をつけてな、きおっち」

「ありがとう杏子。でも、恋愛リアリティーショーはもう終わったんだから、こんなことだってすぐ終わるよ」



 そう杏子に伝えて、私は小走りで駅まで向かった。電車に乗る時ちょっと不安だったけど、帽子のおかげでバレなかったよ。

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