二
木にたどり着いたときには息が上がっていて、止まったとたんに汗が噴き出るような感覚があった。夜はいつも寒いくらいなのに風が心地いい。
「おい! いるか!?」
彼女は木の陰から姿を現して、どうしたのと微笑んだ。夜に見ると一層きれいで、それでいて不気味だった。
「もう夜遅いでしょう? 怪物に食べられてしまうかも」
「君は食べないと信じているよ」
近づいてそう言うと、ふふ、と笑い声をもらした。
「気づいていたのね」
「確信を持ったのは今だけど」
いつも同じ時間にここへ来ていたわけではない。それでも彼女はいつも木の根元に座っていた。今だって、こんな夜更けでも彼女は当然のようにここにいる。
「君は……木の精霊かなにか?」
「そんなかわいい存在だったらあなたの村から力を奪い取ったりはしないでしょうね」
返す言葉が見つからず、呆けて口を開けてしまう。
「なに、その顔。おかしいわね」
あくまで楽しそうに語る彼女は、木を見上げてため息をついた。
「元々は数日だけ木から生気をいただくだけのつもりだったのよ。あなたがいなければね」
「な……」
「見えるなんておもしろい人間だと思って、てきとうに相手をしながら手に入れた力で食べてしまおうと」
まさかの発言に血の気が引く。彼女はそんな私のことを無視して話を続けた。
「そう、もったいぶるようなことはせずに食べてしまえばよかったのだけれど。 なぜだか、あなたが毎日ここへ来ることがうれしくて――」
「それなら、逃げてしまわないか」
言葉を遮るようにそう促すと、拍子抜けしたように目を丸くする。
「このままではこの木は」
「伐られてしまうのでしょうね。飢饉の原因だもの」
「わかっているのなら今すぐにでも。私も罪を着せられてもうここにはいられない」
彼女は少しの間だけ私の目を見て、すぐに首を横に振った。
「もう無理よ。あなただけで逃げてちょうだい。この木はすでに私の力……言い換えれば、生気を吸いすぎて一体化してしまっているから。私の寿命は木の寿命でもあるし、逆もしかりよ。ここまで言えば言いたいことはわかるかしら」
ということはこの木がなくなれば、彼女も……。
「それなら、どうにか木を伐らずに済む方法を考えるさ……」
「馬鹿ね。私にももうこの木の成長は止められない。そろそろこの土地の生気は吸い尽くして、あなたたち人間からも奪い取るようになるわよ。すでに体力のない者には影響が出ているのではないかしら? この村は全滅してしまうし、木もその内力をためすぎて自壊してしまうわ。木にとっては遅いか早いかの違いよ」
返す言葉もなく、うつむいてしまう。目からはとめどなく涙があふれ、彼女の腕をぐっとつかんだ。
「そもそも人と妖が関わるなんてことがおかしな話だったのよ。私のことはもう忘れなさい」
「黙って、君が殺されるのを見ていろというのか」
彼女は少しだけ涙をこらえるような顔をしてから、困ったような笑みを浮かべた。
「そのように気にかけたところで、私があなたのものになることはないわ」
ふっと姿が消え、腕をつかんでいた手が行き場を失って空をかく。先ほどまで触れていたはずの彼女は、何一つ温度を感じることができなかった。
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